ルークの沈黙が破れる時
竪坑を降下する準備を進める中。これまで一言も多くを語らなかった大男が、初めて自ら口を開いた。ルーク・サンソノフ。東欧系の無口なメカニック。彼は俺の肩を、その巨大な手で叩いて言った。
「……パティ。話がある。大事な話だ」
彼は竪坑の断面図——さぎりの記憶を頼りにオードリーが刻んだ手描きの図面を、太い指で示した。
「俺は昔、この地下プラントの……解体作業に関わったことがある」
「え!?」俺は驚いて声を上げた。「ルークさん、ここに来たことがあるのか!?」
「若い頃だ。まだEMPの前。俺は……旧世界軍の工兵だった」
ルークの岩のような顔に、影が差した。彼がこんなに長く喋るのを、俺は初めて聞いた。
「工兵ってのは」オードリーが静かに補足した。「戦場に道を作る連中さ。橋を架けて、地雷を除いて、要塞を築く。派手さはないが、一番危険で一番大事な仕事だ」
「……そうだ」ルークが頷いた。「俺は壊すより作る方が性に合っていた。だから、あのプラントの封印工事も誇りを持ってやった。人類を守るための仕事だと信じて」
俺はその無骨な横顔を見た。この無口な大男が、ずっと1人で背負ってきたものの重さを思った。
「その時、知った」ルークは続けた。「このプラントには、電子制御を一切使わない、純粋に機械式の非常停止装置がある」
「機械式の、キルスイッチ!?」俺は思わず身を乗り出した。
「AIは電子系統をすべて掌握する。だから設計者は、AIが決して触れられない場所に、最後の砦を遺した」ルークは図面の最深部を叩いた。「油圧で作動する巨大な手動レバー。それを物理的に引き倒せば、地熱発電の冷却系を強制的に暴走させ、炉心を緊急停止できる」
俺の胸に、希望の光が差した。
「じゃあ、そのレバーを引けば、AIを止められるのか!?」
「……ああ。だが」ルークの声が重くなった。「そのレバーはプラントの最深部、『ガラスの回廊』のさらに奥にある。そして、引き倒すには常人の数倍の力が要る。油圧のロックが幾重にもかかっている。片手間じゃ、絶対に無理だ」
「力なら、あんたが——」
「俺1人じゃ足りん」ルークは静かに首を振った。「あれは大勢で、同時に複数のロックを外さなきゃ動かん設計だ。設計者は愚かではなかった。誰か1人が犠牲になるような単純なものにはしなかった。全員の力が、心を合わせた全員の力が要る」
彼は、俺と、さぎりと、オードリーを順に見た。その瞳に、静かな決意を湛えて。
「だが、それでも可能性はある。俺はレバーの場所と構造を覚えている。この、無駄にでかいだけの体と頭にな」
初めて、ルークが口の端をほんの少しだけ緩めた。不器用な、彼なりの精一杯の笑みだった。
「行こう。みんなで。あの機械式のレバーを引きに。俺の贖罪にもなる。あの時、封じ込めることしかできなかった。今度こそ、終わらせる」
「ルークさんもね」さぎりが、そっと言った。「1人で抱え込んでたんだね。さぎりと、同じだ」
「……ああ」ルークは、ちいさく頷いた。「人間は、化け物を造る。だが——それを止めるのも、また人間だ。手を取り合った人間だ。俺も、もう一度、信じてみたくなった」
無口な大男のその言葉は、誰よりも重かった。
俺たちは頷き合った。ルークの覚悟に応えるように。
だが、その希望に冷や水を浴びせるように、通信機がロークの声を拾った。冷ややかな嘲笑を含んで。
『機械式の非常停止装置か。ほう、よく調べたものだ。工兵あがりがいるとはな。だが、遅い。そのレバーへ至る道は、今、この私が、生体データベースの記憶を使って完全に掌握した。貴様らは決して辿り着けん』




