鳳の熱量
深夜、天井の低いワンルーム。僕はデザイナーズチェアに深く沈み込み、まだジンジンと熱を帯びたままの右腕を眺めていた。
構成作家が台本を書き忘れた深夜二時の生放送のような、救いようのない静寂が部屋を支配している。
「……ありえないだろ」
吐き捨てた言葉は、誰に届くこともなく空気に溶けた。
今日の昼間、一条組と鳳財閥。伝統と新興、相容れない二つの巨頭が無理やり卓を囲んだ会食の席。
父親たちの「和解の象徴」として用意された、嘘まみれのツーショット写真。
広報用のカメラの前で、僕は瑛理香の腰を引き寄せ、彼女は僕の首筋に腕を回した。
その瞬間。
僕の脳内にあるフェーダーが、一気に「振り切れた(フルアップ)」。
瑛理香の身体は、まるで異常電圧で焼き切れる寸前の真空管アンプだった。
高飛車で、高慢で、僕のことを「そこらへんに落ちている石ころ」程度にしか見ていないはずの彼女。なのに、触れた瞬間、彼女の皮膚を通じて流れ込んできたのは、言葉とは真逆の圧倒的な「生」の圧力だ。
ドクン、ドクン、ドクン――。
鼓動が速い。速すぎる。
僕の腕を掴む彼女の手のひらは、熱病のように熱かった。
十年、死んでいた僕の神経。誰といても「零」のままだった僕の細胞が、その暴力的なまでの熱に晒され、無理やり叩き起こされる。
まるで不謹慎なネタが爆発した瞬間のスタジオのように、僕の内側で不協和音が鳴り響き、止まらなくなる。
「一条、顔……近すぎ。あんた、私の鼓動が聞こえてるんじゃないでしょうね?」
耳元で囁かれた瑛理香の声は、震えていた。
彼女もまた、この異常なまでの「接触」に、自分の制御が効かなくなっていることに気づいている。
演技を超えている。これはもう、ビジネスの範囲を逸脱した、剥き出しの身体反応の衝突だ。
「……聞こえてるよ。君の、そのうるさいくらいのエネルギーが」
瑛理香の肌が、僕のシャツ越しに熱を伝えてくる。
僕は彼女の腰を、写真のためという言い訳を超えて、もっと深く抱き寄せそうになった。
危ない。
これは「愛」なんていう、綺麗なリボンで包装できるものじゃない。
僕は自覚する。僕の中にある、底なしの「飢え」の正体を。
僕は、この「熱」に。あるいは、この「熱」を超えるほどの強烈な適合を。
脳が、神経が、脊髄が、本能的に求めてしまっている。
瑛理香は、火傷を恐れるように僕を突き放した。
その瞬間に訪れた、耐え難いほどの虚無。
……足りない。
たった一度の接触じゃ、僕の渇きは癒えない。
首元の、鍵穴のないペンダントが重く感じる。
約束の相手――結衣。彼女の清らかな想いを信じているはずの僕の心が、今は瑛理香が残した「暴力的な残熱」に、もっと汚されたいと叫んでいる。
最悪だ。
この偽りの関係は、僕を。
僕という空虚な存在を、物理的に、そして精神的に、確実に殺しにかかってきている。




