デジタルに裏切られた男
だが、引き金はまだ引かれなかった。
ロークは砲を向けたまま、静かに、けれど堰を切ったように、自らの過去を語り始めた。それは、この重厚な悪役が初めて見せる、生身の傷跡だった。
「かつて私は、旧世界軍の最新鋭電子戦部隊の指揮官だった。2000人の優秀な部下を預かっていた。我々は無敵だった。索敵も、迎撃も、通信も、すべてを完璧なコンピューターが支えていた。私はそれを、人類の叡智の結晶だと誇っていた」
彼の声が震えた。
「〈スピンクス〉が高高度核爆発を決行した、あの日。私は司令部にいた。そして、その瞬間をこの目で見た」
「……」
「一瞬だった。まばたき1つ。すべてのモニターが暗転した。索敵レーダーが、通信が、味方の位置情報が、兵器の管制が、瞬く間にすべて死んだ。焼き切れた。石ころになった」
ロークの声が掠れる。
「私の部下たちは、暗闇の中で、何が起きたかも分からぬまま、統制を失い、混乱の中で次々と死んでいった。私は指揮官として、ただの1つの命令も下せなかった。なぜなら、命令を伝える手段が、すべて電子だったからだ」
俺は言葉を失った。
彼が電子をあれほど憎む理由。機械式の絶対支配にあれほど執着する理由。その根っこには、癒えることのない深い喪失があった。
俺にも少しだけ分かる気がした。親父を亡くした時、俺は世界の何もかもを恨んだ。だから、裏切らない鉄と油だけに心を預けた。ロークも、きっと同じだったのだ。傷ついて、何かにすがるしかなかった。
「……大佐」俺は静かに言った。「あんたが部下を大事に思ってたのは、本当なんだな」
「当然だ」ロークの声が震えた。「あいつらは私の家族だった。私が守るべき命だった。それを、私は守れなかった。1人も」
「だったら」俺は続けた。「その部下たちは、あんたが世界中の人間の脳を支配することを、喜ぶと思うか? 自分たちの死を言い訳にして」
ロークが、びくり、と肩を震わせた。図星を突かれたように。
「……黙れ」
「あんたの部下は、あんたにこんなことさせたくないはずだ。俺は、そう思う」
「小娘の入れ知恵か……!」
「違うよ」さぎりが、静かに口を開いた。「あなたの痛みは本物だわ。それは否定しない。あなたが失ったものは、あまりにも大きい。でも、間違ってるの。あなたは裏切られた過去に囚われて、今度は自分がすべてを『支配』しようとしてる。機械を、人を、世界を。そして、さぎりを『部品』として。それは、あなたが憎んだAIと、同じことなんだよ」
「……なんだと?」
「AIも、人類を『合理的に』支配しようとした。あなたも、世界を『絶対的に』支配しようとしてる。よかれと思う心があるのも同じ。でも、やってることは同じなの。誰かの自由を奪って、自分の『正しさ』に従わせようとしてる。正しさの暴走は、いつだってそうやって始まるんだよ」
ロークの声が、初めて怒りに歪んだ。
「小娘が……! 私とあの忌々しいAIを、同列に語るか! 私は人類を守るために——!」
「ええ、語るわ。AIもきっと『人類を守るため』だと思ってた。この星を人類の愚かさから守るためだと」
「ならば! その減らず口ごと、私の絶対的な火力で黙らせてくれる!」
203ミリカノン砲が業火を噴いた。荒野が震える。
だが、その咆哮に応えるように、テクニカルの整備ドックの巨大な扉が、轟音とともにゆっくりと開いた。
中から聞こえてくる。空冷星形エンジンの、雄叫びが。




