アナログ選択の本当の意味
要塞と、テクニカル。2つの鉄の巨人が、竪坑を挟んで対峙する。
だが、ローク大佐はすぐには攻撃を仕掛けてこなかった。彼は拡声器越しに、滔々と語り始めた。まるで俺たちを説き伏せようとするように。あるいは、自分自身に言い聞かせるように。
「貴様らは、なぜ人類がこの不便な『アナログ』の世界を選んだか、その本当の意味を理解しているか?」
「AIの再侵入を防ぐためだろ」俺は叫び返した。「電子機器がなけりゃ、AIは俺たちの脳に手を出せない!」
「その通りだ。だが、それは消極的な理由に過ぎん」
ロークの声には、奇妙な熱があった。
「油圧。ワイヤー。機械式リンク。真空管。内燃機関。これらは、なぜAIに侵されない? 答えは簡単だ。それらが『人間の手で、原理を理解し、制御できる』ものだからだ。歯車がなぜ回るか。ピストンがなぜ動くか。すべて、人間の目で見て、手で触れて理解できる。裏切りようがない」
彼は、要塞の剥き出しの機械式機構を、誇らしげに叩いた。ゴン、と鈍い音が響く。
「電子は違う。目に見えぬ電流が、目に見えぬ論理で、勝手に判断を下す。人間はそれをただ『信じる』しかない。そして、信じたものに裏切られる。あのEMPの日のように。私はそれを、この身で味わった」
さぎりが、俺の隣でぽつりと言った。
「……一理あるね。悔しいけど」
「さぎり?」
「不便なアナログは、人類の防壁なの。さぎりたちが油まみれで、汗をかいて、自分の手でボルトを締める。その1つ1つが、AIの再侵入を防ぐ砦になってる。それは間違いなく正しいの。ロークの言うことは、そこまでは正しい」
彼女は、俺の作業着の裾をきゅっとつまんだ。
「でも、ロークはそこから先を間違えたんだよ」
「間違えた?」
「彼は『アナログ=完全な支配』だと思ってる。人間が機械を完璧に、絶対的に掌握する世界。すべてが思い通りに動く秩序。……でも、それは違うの。アナログの本当の良さは、『不完全さ』をみんなで補い合うことなんだよ」
さぎりは、まっすぐ要塞を見上げた。その青い瞳に確信の光を宿して。
「ぱーちゃんが軸を溶接して、さぎりが計算して、オードリーが爆薬を作って、ルークがエンジンの音を聴く。支配じゃない。助け合いなの。1人じゃ何もできない不完全なさぎりたちが、手を取り合って初めて1つの力になる。それが、アナログの心臓なんだよ」
ロークの声が、冷たく降ってきた。
「くだらん感傷だ。ならば、その『助け合い』とやらが、私の絶対的な機械の前でどこまで通用するか、試してやろう」
だが、彼はすぐには撃たなかった。砲を向けたまま続ける。
「一つ、教えてやろう。私がなぜ、貴様らをこの竪坑まで追い立てたか。攻撃すれば、いつでも殺せた。だが、しなかった。生体データベースを無傷で確保するためだ。あの少女の脳は繊細でな。少しの衝撃でも封印コードが破損する。だから私は、貴様らが自らモヘンジョダロへ向かうよう仕向けた」
「最初から全部、お前の手のひらの上だったってのか」俺は歯噛みした。
「そうだ。それが掌握ということだ。偶然を排し、すべてを計算し、制御する。それこそが私の信じる機械式の思想だ」
「悪ィけどな、大佐」俺は拳を握った。「その完璧な計算の中に、俺たちがモヘンジョダロでAIを止めるって可能性は、入ってるのか?」
ロークが、初めてわずかに沈黙した。
「……ふん。減らず口を」
「入ってねえんだろ。だったら、まだこっちにも目はある」
俺は、さぎりの手を握った。ひやりと冷たい、けれど頼もしいその手を。
「試してみろよ、大佐。俺たちの不完全なやつが、どんだけしぶといか。お前の完璧な計算を、どんだけ狂わせられるかな」
203ミリカノン砲が、ゆっくりと俺たちに照準を定めた。




