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看病という名の接触

 結局のところ、僕たちはどこまでいっても「代えの利く部品」に過ぎないのだ。

 家柄、宿命、そして「10年前の約束」という名の古いOSを積み込まれた、高性能なだけの操り人形。

 だが、そのシステムが過負荷で熱暴走を始めたとき、鉄の仮面の下にある肉体は、あまりにも無防備な悲鳴を上げる。


 鳳瑛理香おおとり えりかが倒れた、という知らせを聞いたとき、僕の胸を占めたのは心配よりも先に、あの「不協和音」への予感だった。

 

 鳳家の屋敷、その最上階にある彼女の私室。

 冷房が効きすぎた空間で、瑛理香はベッドに横たわっていた。いつも僕を射抜くような傲慢な青い瞳は虚ろに潤み、陶器のような肌は、内側から燃え上がる熱で赤く染まっている。

 

「……一条……? なんで、あんたが……。お父様は……? 会議は、どうなったの……」


 掠れた声で漏れ出たのは、見舞いへの感謝ではなく、役割を果たせなかったことへの「恐怖」だった。

 凪冴なぎ さえに促されるまま、僕は彼女の傍らに座った。看病という慈愛に満ちた行為が、ここではまるで「故障した精密機械のメンテナンス」のような寒々しさを帯びている。


 濡れたタオルを彼女の額に乗せようとした、その時。

 

 瑛理香の熱い手が、僕の首筋に必死に絡みついた。


「っ……!」


 熱い。高熱にうなされる彼女の理性が、鳳家の令嬢という名の防壁を焼き捨てていた。

 

「置いていかないで……。まだ、やれるから。鳳の名を汚したりしないから……。だから、私を『ゴミ』みたいに見ないで……!」

 

 彼女が僕を抱き寄せる。その細い指先が僕のシャツを掴む強さは、絶望した者が唯一の浮き木に縋るような切実さだった。

 

 僕は息を呑んだ。

 そこにいたのは、高飛車な女王ではなく、親の期待という重圧に押し潰され、熱を出すことさえ「自己管理不足という欠陥」として怯える、一人の壊れかけた少女だった。

 

 ――こいつも、僕と同じだ。

 

 空っぽの器に過剰な出力を強要され、焼き切れる寸前まで独りで走り続けてきた、救いようのない欠陥品。

 僕の中に沈殿していた「飢え」が、彼女のその悲痛な孤独に呼応して、猛然と目を覚ました。

 

 ドクン、ドクンと、彼女の激しい鼓動が僕の肋骨を通してダイレクトに伝わってくる。

 これまで「不快な過電圧」だと思っていた彼女の熱が、今は、凍えきった僕の心臓を無理やり動かすための「輸血」のように感じられた。

 

 僕は、彼女の背中に手を回し、より強くその身体を抱きしめた。

 看病という大義名分。誰も見ていない密室。

 

「……分かってる。君がどれだけ無理をして、その『鳳』を演じてきたか。……今はもう、黙って僕の温度を奪ってればいい」

 

 瑛理香の熱は、僕の冷え切った自意識を容赦なく焼き尽くす。

 

 共鳴している。

 けれど、それは救済ではない。

 互いの地獄を認め合い、その泥沼の中で体温を分け合う、醜悪で心地よい心中シンクロ

 

 彼女の脈拍が加速し、僕の喉が異常に乾く。

 瑛理香の放つ、この「自分という存在を上書きしてもらいたい」という切実な渇望は、僕の本能を激しく、そして決定的に支配した。

 

 瑛理香の熱に浮かされながら、僕は確信する。

 僕たちのこの「適合」は、いつか二人を灰にするだろう。

 

 それでも、僕は彼女を離せなかった。

 この救いようのない熱量だけが、僕たちが「人形」ではなく「人間」として今、ここに生きていることを証明する、唯一の痛切な信号だったから。

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