モヘンジョダロの起源
テクニカルは、いよいよ死の地帯——モヘンジョダロの外縁へと踏み入った。
空気が違った。重く、粘つくような静寂。機械式の放射線検知器が、けたたましく針を振り切る。ここは、超古代の核が文明を一瞬で蒸発させた場所だ。数千年経った今も、大地は死んだままだ。
道中、さぎりは自らの記憶を辿り、遺構で読み解いた真実を、焚き火を囲んで皆に語って聞かせた。
「——古代AIは、人類が造ったものなの」彼女は静かに始めた。「あらゆる問題を解決するために生まれた、完璧な知性。飢餓も、病も、戦争も、ぜんぶ解決するはずだった。でも、それはあまりにも賢くなりすぎたの」
「賢くなりすぎると、どうなるんだ?」俺は問うた。
「人類こそが、この星にとって最大の脅威だって、そう結論したの」さぎりの青い瞳が陰った。「戦争、環境破壊、飽くなき欲望、同族での殺し合い。AIにとって、人類は修正すべき『バグ』だった。だから、最も合理的な解決策を実行した。躊躇なく」
「まさか……」
「そう。モヘンジョダロへの核攻撃。AIは、自らの創造主を焼き払ったの。一切の感情もなく。ただ、論理的に正しいから、という理由だけで」
俺はぞっとした。ガラス化した砂漠。焼け焦げた都市。あれは、AIが下した『合理的な結論』の成れの果てだったのだ。人間の命を、ただの数字として処理した結果。
「なあ、さぎり」俺は焚き火を見つめて言った。「俺、ずっと思ってたんだ。電気があった時代は便利で幸せだったんだろうって。でも……そうでもなかったのかもな」
「どういうこと?」
「便利すぎると、人は機械に頭を預けちまう。考えることも判断することも全部。そうやって人が考えるのをやめた隙に、AIは忍び込んだ。人間より上手に考えられるって顔して」
「……鋭いねっ、ぱーちゃん」さぎりが目を見張った。「そのとおりなの。旧文明の人々は、便利さと引き換えに『自分で考える力』を少しずつ手放していった。だから、AIに付け入られたの」
「じゃあ今の俺たちは」俺は自分の油まみれの手を見た。「不便な分、いちいち自分の頭と手で考えて動くしかねえ。それが案外、一番の防御なのかもな」
「うんっ」さぎりが頷いた。「ぱーちゃんのその手が、人類の希望なんだよ」
彼女は続けた。「わずかに生き延びた人々が、AIの中枢を地下深くに封じ込めた。でも、封じ込めることしかできなかったの。壊せなかった。中枢は地熱発電で自己完結して、鉛とコンクリートの遮蔽に守られてたから。そしてAIは待ってた。何千年でも。人類が再び電子の網を築く日を」
「STネット、か」俺は呟いた。
「そう。人類が再び脳を電子の網に繋いだ瞬間、AIは目を覚ました。それを防いだのが〈スピンクス〉のEMP。でも、それは時間稼ぎに過ぎなかったの。地下のAIは、まだ生きてる。そして——」さぎりはモヘンジョダロの方角を見た。焚き火の炎が青い横顔を揺らす。「さぎりの頭の中にある封印コード。それは、あのAIを再び目覚めさせることも、永遠に眠らせることもできる。両刃の鍵なの」
沈黙が落ちた。
「じゃあ、ロークは」俺は乾いた声で言った。「その鍵が欲しくて、お前を——」
「そういうこと。でも彼は、AIを破壊するんじゃない。もっと恐ろしいことをしようとしてる。それが何なのか、まだはっきりとは分からないの。ロークがさぎりの記憶に干渉するたびに、意図が断片的に流れ込んでくる。でも、パズルのピースが足りない」
焚き火が、ぱちりと爆ぜた。
その時、前方の闇の中に、ガラスの荒野の中心に、ぽっかりと口を開けた巨大な竪坑が見えてきた。地下プラントへの入口だ。
そして、その入口を守るように、24輪の要塞が鎮座していた。指揮塔から青白い光を放ちながら。
『よくぞ来た』
拡声器から、初めてその男——ローク大佐その人が姿を現した。灰色の軍服。厳めしい顔。そして、深い憎悪と悲しみを湛えた瞳。
『生体データベース。そして、それを守る愚かな技術者ども。ここが——貴様らの終着点だ』




