拉致
午前の八時をすぎた頃、ようやく綾辻は目を覚ました。
その後は鈴華お手製の朝食を頂いてから各々準備を整えていざ出発――と行きたかったのだが、ここで問題が発生した。
「おいおい、ガソリンがもう無いぞ」
残りのガソリンの量なんて気にもしていなかったものだから車での移動が難しくなった。
「しょうがない、歩いていくか」
ここからあの学校までの距離なら遠くはあるが歩いていけない距離じゃない。
面倒だとは感じるが、本来ならここまで自由に車を使うことはできないのだと考えれば気も楽になる。
鈴華はともかくとして綾辻からも不満の声は上がったものの最終的には納得したことで徒歩での移動は決定となった。
現在地から学校までの距離はちょうど十キロ程度。
歩いていくなら二時間もあれば十分のはず。
未だにブーたれる綾辻を引きずりながら俺は足を進めていく。
そして一時間ほど歩いて足にも疲労が溜まってきた時のことだった。
正面から一台の車が現れた。
俺たち以外で車を走らせている人間は今日までで初めて見たからだろう注意力が散漫になっていた。
いつまで経っても減速しないどころか俺たちに近づくにつれて速度を増す車に俺たちは咄嗟に危機感を覚えて各々回避の態勢に入った。
俺たちに車体での突進が避けられることは想定済みであったかのように熟練者並みのドライビングテクニックでドリフトして方向転換した、と思ったら助手席の扉が開かれ、出てきたのは制服を着た黒髪で地味目の男子生徒。
見覚えのある顔だ。
といっても、友人というわけではない。
寧ろその反対。
名前は忘れたが、一文字の取り巻きのうちの一人だったはずだ。
そいつは特に何をいうでもなく、右手を俺たちに突き出してこう唱えた。
「[影縛]」
と。
よく聞き慣れた、というよりもよく言い慣れたそれにいち早く反応したのは俺だった。
といっても、魔法を阻止する為スキルや魔法があるわけでもない、素の能力値が低い俺がどうこうできるものでもなく呆気なく影に体を縛りつけられる。
その瞬間、車の後部座席からもう一人今度は女子生徒が現れた。
そいつは影に縛られて動けなくなっていた鈴華と綾辻に妙なものを嗅がせた。
すると途端に体の力が抜け落ちたように地面に倒れこんだ。
「お前ッ……そいつらに一体何をした!」
女は俺の問いに答えることなく、無表情にもチラリと一瞥すると興味なさげにシカトを決め込み、地に倒れ伏す二人を担いで車に乗り込んでいった。
男子生徒も、それに続いて車に戻って行き俺だけを置いて走り去っていった。
ブロロロという騒音とも言えるエンジン音が遠ざかっていく。
「くそッ外れろ!」
体に力を入れる。が、貧弱な俺の筋力じゃビクともしない。
なら、と『身体強化』を使って脱出を試みる。が、あの男子生徒の闇魔法が強力なのか、それとも俺の体が貧弱過ぎるのかこれでも影の束縛を逃れることは出来なかった。
ここでハッと一つ思い出した。
奪取してから一度も使用していないあのスキルの存在を。
「これで外れてくれよ……『銀気解放』!」
ブワッと俺の体から銀色に輝くオーラが噴出する。
だがそれはあのコボルトと比べるといささか弱いように感じられる。
これはレベルの差かそれとも熟練度の差なのか……まあ、今それはどうでもいい。まずはこの影をどうにかして、早くあの車を追うことだけを考える。
「フンッ!」
さっきと同じような動作で、体に力を込める。
すると今度はまるで赤子の手をひねるように簡単に影を引きちぎった。
やっとの脱出。しかし休憩なんてしていられない。
俺は車の走り去っていった方向。というよりも本来の俺たちの目的地であった学校へ向かう。
『銀気解放』と『身体強化』は発動されたままで限界まで飛ばしていく。
一歩地面を踏みしめるごとにアスファルトの道に足跡が残り、車とも並走出来るほどのスピードを出す脚力は俺の素の能力値では到底不可能なものだ。
これには多少の驚きはあったもののあのコボルトの身体能力を加味すればこれくらいは出来て当然なのかもしれないと思い始めた。
そして、あっという間に到着。
ここまでの所要時間はたったの十分。
本来、徒歩であと一時間はかかる筈だった道のりを十分で走破したのだ。
これだけでも『銀気解放』の化け物性能がうかがい知れる。
少しばかりかいた汗をグイと拭いながら辺りを見渡す。
校門にはさっきの車が停められている。
しかし、そこに人の気配はない。
俺はもしもの時を想定して『透明化』は温存したまま使わずに“死神の礼装”の気配遮断の効果だけを使い校舎へと侵入していく。
そして脚の動きは止めないまま、頭の中で作戦を練り続ける。




