呪薬液
「黒っち」
[麻痺]によって鈴華の動きを封じている間に何か呪いを解く方法を考えようと頭をひねっていたその時、隣で同じように頭を悩ませていた綾辻から声がかかった。
綾辻は俺の横まで歩み寄るとショップ画面を俺の目の前に映し出した。
「これ……見て」
俺の眼前に映し出されたショップ画面には“呪薬液”という商品名があった。
「これは?」
「さっき見つけた……多分、呪いは解く……薬」
字面を見た感じ綾辻の言う通り呪いを解く為の薬と見て間違い無いだろう。
少しばり高いもののこれで鈴華の呪いが解けるのなら安いものだと迷うことなく購入する。
“呪薬液”というだけあって液体だ。
小さい瓶に入れられたそれは濃い青色で体に良さそうには到底見えないような色をしていた。
俺は横に寝かせていた鈴華の頭を少し浮かせて口に含ませる。
がしかし、それは口の端からこぼれていく。
体が麻痺して飲み込む、という動作が取れないのかもしれない。
それを見ていた綾辻は俺の手から小瓶を引ったくって自分の口に含む。
そして、鈴華と唇と唇を合わせて、薬を口移しする。
舌と舌を絡ませて妖艶なその場面に少したじろいでしまうが、これはあくまで治療行為の一環であると割り切る。
「ぷはぁ。これで……大丈夫、だね」
口を離した瞬間に糸を引く唾液をグイッと袖口で拭いとり一安心とばかりに笑顔を見せる綾辻。
少しばかりいたたまれない気持ちになって鈴華の方を向くと薬の効果か、さっきよりも幾分か顔色が良くなったように見える。
「あ、あの……」
安心したのもつかの間背後から声が聞こえた。
振り向くとそこにはさっきのぽっちゃり男子と三名の男女。
全員ここの生徒だろう、同じ制服を着用していた。
着替えはしていないのか、汚れが目立つが仕方がないだろう。
それよりも、こいつら何処かで見た覚えがある……あるのだが何処で見たのだったか、それが思い出せない。
最近だったはずなんだけど。
「なんでこいつを助けたんですか?」
ぽっちゃりが俺に問いかける。
「さ、さっきだっていきなり襲って来たし……生かしておいたら危険ですよ!」
「うるせぇな、黙れよブタ。テメェには関係ねぇだろうが」
少しイラっとして思ったよりもドスの効いた低い声が出た。
「か、関係はあります。そ、そ、そいつはこの前まで俺たちのクラスメイトだったんですよ」
オドオドとして、時折噛み噛みになるその話し方に更に苛立ちが募る。
「だったら尚更なん――」
俺はここで思い出した。
鈴華から聞いた仕打ちの数々を。
「そう、か。だからか、だから鈴華はここまで来たのか……はははっ。あー、そうかぁ。……だったら、止めなきゃよかったわ」
俺は[影沼]を発動させ、ぽっちゃり男子、他数名を拘束する。
「鈴華が起きるまでの間は生かしておいてやる。それまで悔い改めていろ」
俺は『王者の威圧』まで発動させて更に行動を抑制し、眼光鋭く睨みつける。
「な、何をするんですか! やるんだったら俺たちじゃなくてそいつにやるべきでしょう!」
ギャーギャーと喚き散らすゴミどもを一瞥して、嘲笑うように口を開く。
「俺が何も知らないとでも思ったか? お前の顔……どこかで見たことがあると思っていたが、ようやく思い出した。鈴華と一緒にスーパーまで来ていたお荷物野郎じゃねぇか」
しかも、鈴華のいうことが本当ならこいつは――。
「いや、レイプ魔の変態野郎の方がよかったか?」
いや、正確には未遂だったらしいが、もうどっちでもいいだろう。
「そいつらにも見覚えがあるな……」
ということはこいつらも鈴華の元仲間。
まあ、だからといって俺がどうこうする問題じゃない。
俺は鈴華が起きるまでの間こいつらを拘束するだけ、殺すか生かすかを決めるのは鈴華次第だ。
「ん……んんぅ」
悩ましげな声を漏らしながら鈴華の瞼が開かれる。
「あ、れ? ここは……」
頭を起こしてキョロキョロと周りを見渡し、その視線がぽっちゃり男子たちに向けられる。
途端、鈴華の雰囲気が変わった。
「先輩、今度は止めないで下さいね」
「あぁ、分かってる」
鈴華はスラリと傍に置かれていた鉄剣を引き抜き俺の魔法で拘束されているぽっちゃりの下まで一歩また一歩と近づいていく。
「ま、待って! 待ってくれ鈴華!!」
「私はあなたに名前で呼ぶ許可を出した覚えはありませんが?」
必死の形相で訴えるぽっちゃり男子にしかし鈴華は冷酷な表情を崩さない。
「鬱陶しい、気持ち悪い、貴方のその顔を見るだけで吐き気がします。今すぐにでも殺さないと私の気がすみそうにありません」
そう言って剣を無造作に構える。
「大丈夫ですよ。せめてもの慈悲として苦しむ事なく一瞬で楽にしてあげますから」
さようなら、と表情を殺したような顔で呟き、一閃。
血飛沫が飛び散り、一つの首が宙を舞った。
恐怖に歪んだまま転がるそれに他の男女たちは耐えきれず悲鳴を漏らす。
「貴方達もすぐに彼と同じところに送ってあげますから安心してください」
鈴華は自身に降りかかった血に一片の興味も恐怖も抱くことはなく、震える生徒達に目に冷酷さを残したままニコリと微笑んだ。




