異常
綾辻がスピードを出しすぎてコボルトを轢き殺した。
これが魔物だったからまだ良かったものの、相手が人だったら危ないところだった。
そう安堵の息を漏らし、運転席に座る綾辻をひと睨みする。
綾辻はビクリと肩を跳ねさせる。
「スピードを出していいとは言ったが、流石にやりすぎだ」
「ごめん……なさい」
シュンと顔を俯かせる綾辻。
ちょっとだけ可哀想に見えるが、反省は必要だ。しばらくこのままにしておくことにする。
「ここからは俺が運転するぞ」
俺は轢き殺したコボルトをそのままに助手席から運転席に、綾辻は運転席から助手席に移った。
「黒っち、運転できるの?」
「まあ、運転の仕方は隣で見ていたし大体覚えたから大丈夫だろ」
エンジンをかけ直し、アクセルを踏む。
「あれ? 進まないんだけど」
いくらアクセルを踏んでも前に進まない。
パーキングブレーキは掛かっていないし……あ、もしかして。
「壊れた?」
流石に乱暴に扱い過ぎたか……。
「しょうがない。綾辻、こっからは歩いて行くぞ」
「ん……ごめんなさい」
「もう良いっての」
申し訳なさそうに俯いたままの綾辻を慰めながら車から出る。
こっからは歩いて行くとなると一時間くらいはかかるか?
「早く行こう、もうそろそろ日が暮れそうだ」
「わかった」
◆
歩き始めて一時間がたった。
レベルが上がったせいか、これだけ歩いても疲れを感じることはなかった。
目指していた○○高校も目前といったところで異変が起こった。
何処からか怒号の飛び交う音が聞こえて来た。
「なんだ?」
耳を澄ませれば、それは俺達の目的地であり鈴華がいると思われる場所から聞こえてきていた。
「何か、あったのか?」
面倒だと思いながらも鈴華を探す上で避けては通れない道だ。
意を決して○○高校の校門をくぐる。
因みにここの校門は何故か開きっぱなしになっていた。
不用心だと思うが、俺たちにとっては都合のいいことだ。
校門をくぐり、俺たちが最初に目にしたのは校庭を駆け巡り殺し合いのバトルロイヤルを開催している制服姿の高校生達の姿だった。
「なんだ、これ?」
俺の疑問には誰も答えない。
綾辻も呆然としてその光景に打ちひしがれていた。
「ガァァァアアアァァァ!!」
目敏く校舎に入り込んだ俺たちを見た一人の男子生徒が、眼を血走らせながら襲いかかってくる。
その男子生徒は手には武器も何も持っていない。素手だ。
何のつもりかは知らないが、襲ってきたからには帰り討つ。
俺はそれを逃げることなく[帯電]を発動させて対処する。
俺に組みつこうとした男子生徒は感電して黒く焦げ上がった。
少し派手にやりすぎたか、俺たちに気づいた他の生徒達もワラワラと集まってくる。
「なんかこいつら、おかしくないか?」
まるでコボルトやウォーウルフみたいな獣みたいな。どこかそんな雰囲気が感じられる。
「ん……ちょっと、怖い」
生徒達はみんなさっきの男子生徒のように武器もまともに持たず、素手で殴り合っては奇声を発して暴れている。
狂っている、としか言いようのないその異常な状況に恐怖を感じる。
本当にここに鈴華がいるのか?
俺は頭に浮かんだ疑問を振り払い、まずは行動しようと綾辻の手を掴んで『透明化』を発動させる。
気配を更になくすために“死神の礼装”の気配遮断の効果も発動させる。
これで俺たちは『透明化』の時間制限が来るまでは周りから認識されることはほぼ無いだろう。
ぞろぞろと集まってきていた生徒達も突然消えた俺たちに困惑しているようだが、その困惑の色もすぐに消え失せ再度、周りの生徒と殴り合いを始めた。
まるで人が人で無くなったかのようなその事態の原因を確かめるべく、俺達は校舎に侵入して行く。
矢張り、校舎の中でも校庭と同じ様に獣と化した生徒達による争いが繰り広げられていた。
そして俺達が足を進めるほどにその数は増していく。
『透明化』と“死神の礼装”の効果によって気づかれることなく素通りできる俺たちで無ければここまで来るのは至難の業と言えるだろう。
探索を始めて数分。
この校舎の最上階、四階まで辿り着いた時今までとは違う雰囲気を感じ取った。
一つ下の階までの喧騒で溢れたそれとは明らかな違い。
人の声が、会話の音が聞こえる。
だが、俺の聞こえる限りでは内容は穏やかなものではない。
男の低く重い怒鳴り声と女の訴える様な叫び声が俺の鼓膜を刺激する。
そしてその女の声を俺は知っている。
「鈴華……」
後藤からの情報に間違いはなかった様だ。
俺は見えない綾辻の手を引いて鈴華の元へ足を進める。
教室の扉は開かれていた……というよりは外されていたの方が正しいだろうか。
俺は教室の中を覗く。
そこには――。
「死ね!!」
眼を血走らせ、剣を片手に男を殺さんと襲いかかる鈴華とそれに対峙する一人の男。
そして、それを体を固めて茫然と眺める数人の男女の姿があった。




