第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千百九十三
―――ソルジェもロロカも、乱世の英雄だからね。
傷つくことを恐れることはなく、大量の敵を打ち砕く最良の方法を理解している。
シドニア・ジャンパーも、学生たちも顔を引きつらせてはいたけれどね。
これはとてつもなく勇敢かつ、帝国を破壊し尽くすための最大の策だった……。
「正面からの奇襲だ。こちらの動きを印象付けておいた挙句の、圧倒的な速度での攻め込みをかける。帝国軍は合理的な守備をしてくるものだ。兵力も多すぎるから、兵站の移動も遅い。こちらは精鋭の強さと速さで、各個撃破を繰り返してやるよ。そして、奪う」
「分断して、敵の兵站を切り裂くんです。そうすれば、帝国軍は強さを発揮できません。彼らは大軍です。補給が損なわれ、長距離の移動を強いられれば弱くなる」
「町と村、それらを略奪するというのは戦の本質ではある。ストラウス家の家訓は、戦い、殺し、奪え。敵を殺しつつ、補給の拠点を焼き払う。奪うことで補給しながら、攻撃部隊は帝国中枢をえぐるんだ。その後、反転し……ドワーフたちと挟み撃ちにする」
「……ユニコーンがいれば、可能か。いや、馬車と十二分な補給を捨てての、高速襲撃……」
「長期戦の構えのようにも見えるだろう。実際、それもやれるほどの物資は蓄えるが、それは囮でもある。帝国軍は強い。帝国は、実に賢い。長期戦に備えて、各地の拠点の村や町に、かなり物資を蓄えている。こちらの精鋭攻撃部隊が『奪いながら転戦する』には、むしろ向く環境が出来上がっちまっているんだよ」
「自信、過剰では?」
「いいや。ユニコーンの速さは、絶対的だ。アインウルフが用意する騎兵も、決して帝国軍には捕まらん。アインウルフの騎兵隊を街道封鎖で止めようとも、ユニコーンが荒地だろうが沼地だろうが突破して、その街道封鎖の背後や側面から攻める。突破するさ。突破できないほどの戦力なら、回避して放置するための道はある。そうでなければ、戦力をそこに集めて配置しておくことは出来ないからだ」
「帝国の整備した街道は、多すぎるのです。戦争国債を返すためのビジネスを優先しているのが、ユアンダートの強さでもあり、最終的に自分の敗因にもなるでしょう」
「『ストラウス商会』の速さを、君なら理解しているだろう。アインウルフが指揮したときの、騎兵の速さも」
「……アインウルフ将軍、か。お前は、ほんとうに……いい戦力を」
「9年かけて、ようやく運が巡って来やがったのさ。今日は、君やノヴァーク、そしてプレイガストと合流した。幸運に感謝したいし、それを最大限に活かしたいのさ。それで、感想は?」
「勝てる、ような気がする。それが率直な意見だ。私はな、戦争そのものの専門家ではない。それ以上は言えん。理屈と、感情の面で、正しいような気はした」
「素晴らしい専門家だよ、シドニア・ジャンパー少尉。自分のテリトリーを理解している」
「軍人ではある。だが、金と物資の流れの専門家でしかないとも言える。お前たちが、その戦略に自信があるのならば、間違いは少ないだろう」
「よし。じゃあ、ここでさらに君の出番となるぜ」
「戦闘行為のアドバイスでは、ないわけだな。私のテリトリーに、何を質問したいのだよ、ソルジェ・ストラウス」
「もちろん、会計将校である君の得意分野についてなんだ。帝国軍は、どこに兵站を築くだろうか。具体的な町や、ルートを予想して欲しいんだよ」
「帝国国営倉庫という言葉を、知っているか?」
「もちろん、このオレが知るはずがない。だが、予想はつくよ。なんて分かりやすい名前なんだろうね」
「皇帝ユアンダートの名において、『十大師団』の兵站のために用意された倉庫と言えるものだ。これらが、帝国軍の兵站の中枢……帝国首都を攻めるのであれば、この倉庫が整備された町を……襲うべきだ」
「ありがとう。君には、つらい選択だろう」
「失望させるなよ。私は、お前に賭けることにしているんだ」
「戦は上手にやるさ。略奪についても、可能な限りスマートに。ガルーナもバルモアにやられたし、オレの一族と家と馴染みの家臣はみんな焼き殺された」
「ありふれている悲劇だな。だが、ありふれるべきではないと、知っておけよ」
「忘れないさ。だが、すべては勝利のために。作戦を揃えなくちゃならない」
「地図を、寄越せ」
「では、これをどうぞ」
「……いい地図だ。帝国の地図職人よりも、これはおそらく……」
「ソルジェさんが、書いた地図を技師に模倣してもらったものです。かなりの精度でしょう」
「認めてやる。おのれ、ちくしょうめ」
「なんで、罵るんだろうかね」
「癖だ。ほめてやっているんだから、細かなことを気にするな」
―――その地図は、シドニア・ジャンパーの心を強く掴んだらしい。
ソルジェの地図を描く力は、おそらく大陸一位か二位だろう。
竜騎士ストラウス家の知識であり、個人的な才能の結果でもあるはずだ。
ガルフやオットーが教えた製図と地図読解の知識も、合わさっているしね……。
―――精確な地図は、会計将校が最も求めたものであったし。
最も恐れた存在でもあるのさ、これは軍略を立てるのに恐ろしく有益だ。
兵站をデザインするのにも、とてつもなく役に立つ。
シドニア・ジャンパーは、この地図から帝国の運命を悟っていたんだよ……。
―――国営倉庫がある町を、あるいは基地を。
シドニア・ジャンパーは、ソルジェの地図に記していく。
ソルジェはうなずいていた、帝国軍らしくとてつもなく合理的だったからだよ。
ユアンダートは嫌いだが、その軍事的政治的な才能は大陸で一番ではある……。
―――だけど、ソルジェはそれを読み解けているんだ。
シドニア・ジャンパーにとっては、知識であり数字の動きだったけれど。
ソルジェはもっと具体的な動きとして、情報を読み解いている。
アタマのなかに軍隊と輸送部隊の馬車が、とてつもない精度で再現されているんだ……。
―――その点においては、すでにユアンダートよりも上だろう。
最強の戦士であるし、猟兵の長でもあるけれど。
ソルジェの将軍としての最大の才は、圧倒的な空間把握能力だった。
シドニア・ジャンパーからの情報は、この力を強烈に伸ばすことになるだろう……。
「強い兵站だな。この間隔で倉庫を作っておけば、各地の農作物の収穫期に合わせて『十大師団』に物資を供給可能だな」
「見抜くか。おのれ、腹が立つ」
「ほめてもらっているらしい、ありがとうよ」
「何となく、シドニア・ジャンパー少尉という方が分かってきたような気がいたしますね」
「……私が把握しているのは、こんなところだ。全てではない。これは……」
「秘密裏に運用されている倉庫、なのですね」
「ああ。そうだ」
「詳細を、教えてくれるか。オレも、アホではあるが戦には詳しい。『帝国国営倉庫』。その呼び名を聞いたことがないのは、かなりの専門性があるシロモノだろう。下手すれば、アインウルフだって、知らないのでは?」
「知らないさ。帝国軍の兵站の全てを、最強の将軍たちには教えるはずもない。使わせたとしても、内側の仕組みまでは教えん。全てを知るのは皇帝とその懐刀だけ。現場で管理するのは、私たちのような会計将校だ」
「裏切り防止、というわけか」
「その通り。アインウルフ将軍が謀反の意志を抱き、兵站の秘密まで掌握しているとどうなる?」
「討たれるかもしれないと怯えたわけだ。ユアンダートも、有能な将軍を信じることが出来なかったというわけか」




