第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千百九十二
「それはしょうがないさ。オレたちは帝国から武力で大陸を奪い返すために戦っているのだからね。血は流れる。君が、がんばってくれれば、とてつもない量の人々が死なずに済むかもしれんというだけだ」
「意地悪な男だ。私のような一軍人ごときに……」
「背負えるだけの才能はある。全員を救えとも言ってはいないだろう。オレたちが勝って、さらには人死にを減らすための方法を探しているだけだ」
「荷が重いね。まあ、やる。やるしかないからな。私は捕虜だ」
「捕虜だって?まさか、仲間だよ。友人でもいい。役職が欲しいなら……くだんの、特許管理人2号ってのもいいが……大盤振る舞いでは、君の価値に相応しくない」
「日陰者でいいさ。兵站の構築には、貢献してやる。帝国軍にわいろを払い逮捕を逃れている闇商人にも心当たりはある。密輸、密貿易……そいつらだって、利用できるんだ」
「当然だな。王道の方法だけでは、足りん。君の理性も、ちょっとした不運でこうも容易く破綻するのだからな。数字は、ちゃんと嘘をつくし、騙すためには使いやすい」
「課題を、くれてやろうか」
「ああ。アドバイスは欲しい。邪道ではあるが、君は兵站の天才の一種だからね」
「肥大化していくぞ。利益と、構造で。『自由同盟』の各国をお前たちのプランに巻き込むほどに。商取引、現場での生産……部隊が肥大化していく。犠牲になるものが、あるのではないか?」
―――シドニア・ジャンパーの指摘に、ソルジェは笑っている。
地図を見ながらニヤリと笑うんだよ、その場に居合わせた学生は冷や汗をかいた。
戦争について考えるとき、どれだけ『王』は楽しいものなのかを彼は知ったのさ。
困ったことに、まこと不謹慎な性質ではあるけれど戦について考えるのは快楽だ……。
「君は、まったく。優れているよな。そうだ。犠牲になる大きなものがあるんだ。これは、オレたち『自由同盟』において、かなりのリスクにはなるよな」
「それなのに、笑っているのはどうしてだ?お前は、理解していないだけなら、私は安心できるのだがね」
「失望はさせんよ。速度が、遅くなるってことさ。進軍速度、そいつをこのプランは損ねるリスクが大いにあるぜ」
「ふん。よく分かっているじゃないか」
―――学生たちは青ざめた、リエル・プランの『落ち』を見た気がしている。
完全な策などないからね、この大いなる計画がもたらす大量の生産能力。
それは『自由同盟』に補給の憂いを無くすと同時に、遅さももたらすのさ。
無限の軍事物資が補給されるのは嬉しいが、運ぶのには遅さが生まれる……。
―――とても合理的な『落ち』で、進軍速度の低下は『自由同盟』を殺すのさ。
帝国軍は守る戦いをすることになり、防衛する側は基本的に有利なのだから。
速度で遅れを取るのであれば、どうにも分が悪い。
帝国軍が再建してしまう時間を、与えてしまいかねないってことだよ……。
―――それなのに、ソルジェは笑っている。
どういうことなのか、学生たちには分かっていないんだ。
しょうがないね、勉学は素晴らしいものだが全てを与えてはくれないんだよ。
乱世を生きる英雄とは、何を考えているものなのか……。
「兵站を完全に作り上げる。大量の物資を運ぶための、馬車も牛車も作らせている。ドゥーニア姫が協力してくれることで、物資と材料の流れは完璧になる。さて、だが遅くなるのが問題なんだよな」
「私は知らんぞ。その解決策についてはな。ユニコーンで運びまくるか?」
「それも魅力的だがね。君は、戦についてはまだ甘いところがあるよ」
「会計担当でしかないのだ。詐欺師は、戦の英雄そのものではない」
「解決策は、二つだけある」
「……言ってみろ。私が帝国に情報をもらすことを恐れるのなら、不可能だろうが」
「君は漏らさない。君が望むのは、もはやライザ・ソナーズの夢の続きだけだ」
「言え。採点してやるよ」
「ひとつは、矢の製造場所だ。こいつを最前線でやるんだよ」
「最前線で、矢を……」
「職人ごと移動する。精肉ギルドの戦士たちが、そうであったようにな。あれをより強化にしたものだ。ドワーフの建築の力を知っているかい?本格的な砦を作るのに、一晩もいらないときがある。戦争の最前線で、生産拠点を作ればいい」
「……敵に、奪われるリスクもある。兵站の合流地点で、矢を作ろうとも、そこを襲われてしまえば終わる。待ち伏せのリスクもな。馬車、輸送隊はやはり遅いものだ」
「ちょっとした工夫もあるんだよ。奪われるのは、間抜けているからね。素材の合流地点でだけ作れるようにしておくんだ。そうすれば、途中で潰されても素材しか奪われん。即座に矢としては使われんのだ」
「……ドワーフなら、やれると?」
「やれるね。簡単だ。それに、こちらも素材の組み方を教えてもらっておけば、戦士全員が素早く作れる。誰だってやっていることではあるが、それをより早く、効率的に。戦場そのもので生産すれば、運び手間と時間は大きく減る」
「……進軍の、背後……どころか、最前線で生産か。度胸はいるな。だが、それならば、物資には不足しない。進軍速度も遅くはならんが……帝国軍に、その技術屋集団を狙われるだろう」
「狙ってくれると、嬉しいのさ!!」
「……何を、考えている?」
「君の判断を聞いて、安心したよ。帝国軍に、オレの作戦は通じそうだと確信を得られたからね」
「技術屋集団を狙わることの、何が嬉しいんだ?」
「役割分担だ。彼らの仕事は、作ることだけじゃない」
「戦うことだろう、肉屋のように」
「それだけじゃない。最大の仕事は、『逃げる』ことだ」
「逃げる、だと」
「敵を引き連れて、下がってくれればいい。そうすると、速さがより活きるんだ」
「速さは、失われているだろう。技術集団も守る必要が……」
「守らん。攻撃部隊は、突き進む。馬車も牛車も置いて進む。騎兵と歩兵、持てるだけを持って、最速で突き進み……帝国軍の不在の拠点を、襲うんだ」
「技術屋集団を攻撃するために、帝国軍が出ていれば……守りが弱いと。それが、二つめか」
「そうだ。追いつけんぞ。それに、攻撃部隊に反応しても、背後にドワーフたちがいるんだ。敵は長期戦を考えて、持てるだけの物資を持っていく。馬車も引き連れてな。だとすれば、オレたちの攻撃部隊のほうがはるかに速くなるよ」




