第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千百九十
「肉か。北方野蛮人は、肉に対しての情熱が強すぎないか?」
「大陸諸国のすべてが、そうだと思うがね。どこにも美食の文化があるものだが、肉についてはほぼほぼ全員が肯定的だろう」
「菜食主義もいるがね。私は、肉が好きだが」
「有効かな。精肉店を極めた人物なんて連中は?」
「有効だろう。金持ちというものは、とかく食事にこだわりと執着を抱くものだ」
「精肉の技巧を、君は持っているかな?」
「会計士官を何だと思っているんだ?詐欺師も、肉屋ではないだろう」
「クリア・カニンガムというグルメの料理人がいたが、知っているかい?」
「誰とでも縁があるのか。そいつは、『オルテガ』の……ふてぶてしい肉屋や、レストラン業の裏のリーダーだ」
「死んだぞ。死因を知りたいなら、ジャンが詳しいはずだ」
「興味はない。だが、どうせ死んでいると思った。あれは、『オルテガ』の敵。フィクサーの一人だったが、いささかマフィアの様相が強い。長らくは擬態できない悪目立ちする二流の悪党さ」
「君の理論においては、目立つ悪などゴミというわけだね。クールでいい割り切りだ」
「詐欺師は名誉など求めるべきではない。その結果、敵に追跡されかねん」
「君も目立ちすぎたかな。いや、数学者で呪術者の男に読み解かれるなどとは、思わなかっただろうが……目立ち始めていたのは確かだ。姫さまのために」
「……力を求めることは、いつだってリスクだよ。当然なことだろう、ソルジェ・ストラウス。お前は、大陸最大のリスクに突き進んでいる」
「そのために人材を集めているんだ。最強の仲間で、いっしょに挑むってわけだよ。それで、肉屋でいいかな」
「精肉業者は必要ではある。どの軍隊にも、肉屋と家畜の群れはついて歩く。腕のいい精肉業者は、確かに帝国側の兵站ビジネスにつけ込みやすい。しかし、それに化けられる者に知人でもいるのか?」
「傭兵をやっているんだぞ。この9年も、大陸のあちこちで。北方野蛮人は酒を覚えるずっと前から、肉を愛する。母乳より肉が好きだった可能性さえあるぞ」
「お前らは、猛禽か何かか」
「知っているかもしれないが、猛禽類は母乳では育たんのだぞ」
「知っている。あれらのヒナに喩えた。肉を喰らう、おぞましい肉食の鳥ども」
「可愛いけどな。とにかく、何人かいる。傭兵団は、精肉業者と家畜キャラバンと並んで行軍だってするんだ。精肉業ギルドの連中ってのは、肉に詳しいだけじゃなく、体格がいい。牛や豚を刻んで、肉を加工する以上……タフじゃなければ務まらないからな」
「兵士としても、使った」
「その通り。精肉業ギルドは、傭兵まがいの存在だ。銀行を騙せそうなほど、商売上手な連中もいる」
「人脈があるならば、使いこなしてみせろ。ユアンダートに勝ちたいなら、大剣を振り回すだけでも、竜に乗って暴れるだけでも足りん」
「分かっているよ。君のアドバイスもふんだんに受けて、敵の銀行から金を奪い、物資を奪いにかからせるヤツを、何人か用意する。何度も使える手ではない。一気に、たくさん使う」
「知り合いばかりに依存するのも、弱さだぞ」
「君にも頼っているだろう。知り合いどころか、友人かもしれないが」
「誰が友人だ。あくまでも、共謀者だよ。我々の関係など……すべきことをすれば、道を分かつか……命を奪われる定めだ」
「悲観的だな。競馬で詐欺するような女は、もっと前向きなのが似合うぜ。流れるように、経済攻撃のデザインを補強してくれるような才能だ。乱世では、もっと稼げる。正しい道に近づけ」
「お前の道だけが、正しいと?」
「そうとは言えないほど、オレもオトナになっちまったな。だが、ライザ・ソナーズの夢には、オレが一番近かろう。『狭間』を、オレは守るぞ」
「……当然だ。そうでなければ、お前のそばになど立たん」
「つまり、君の弟子のノヴァークがかけた呪術は解けているのか?」
「解けてなどいない。忌々しいが、死を許してくれん……これほど悲観しているのにな」
「扱いにくに難儀な性格をしているようで、実に君らしいと思うよ、シドニア」
「気安く呼ぶな、お前の妻に文句を言うぞ」
「ウフフ。うちのソルジェさんは、紳士的ですよう」
「もっと躾けておくがいい。女と距離感を違えてばかりでは、お前が苦労するぞ、ロロカ・シャーネル」
「名乗っていないのに。情報通ですね、流石です」
「『ストラウス紹介』などと、分かりやすい名前にすべきだったとは思えないがね」
「猟兵の哲学とも共通する点がある意見ですが、ソルジェさんの名前だからこその強さもあるのです。『シャーネル商会』よりも、ずっと。ですが、たしかに隠れての経済工作には向いていません。となれば、『裏』を司る人材として、あなたは魅力的ですね。詐欺は、してほしくはありませんが」
「まっすぐな商人か。あまり、私と反りが合いはしないだろう」
「でも。商人ではあるので、妥協も選べますから。できれば、長く。そして、戦略的なお付き合いをいたしましょうね、シドニア・ジャンパー少尉」




