第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千百八十四
―――カミラの予想は、おそらく当たるだろうね。
戦争のために労働力を駆り出された直後の農村に、年貢削減の報せは最高だから。
若き弁論大会の勝者は、このロジックならドゥーニア姫を納得させると信じる。
彼女は新米国主だからね、政治的基盤は盤石ではないと考えていたのさ……。
―――およそ新しい国王の最初の仕事とは、隣国への侵略戦争になりがちだ。
ドゥーニア姫も、その歴史のテンプレートを踏襲するかのように動いてしまっている。
『プレイレス』を侵略してはいないまでも、軍を率いてやって来ているからね。
事実上の入城までしているというか、なかなか緊張感が生まれても仕方がない……。
―――歴史の感情のもつれというものは、長大でどうにも解きがたいものだ。
百年どころか千年級の恨みもあって、それから自由になれるとは限らない。
それでも、政治基盤が弱いのであれば他者に頼ることもある。
農民の支持を得られることは、実のところ王族には重要な仕事だ……。
―――軍事的な物資の生産者は、基本的に農民なんだからね。
戦争のとき、農民に人気がない軍隊が勝利する確率はかなり少ないものさ。
ドゥーニア姫には、たしかにいいカードになるだろう。
もちろん、外交能力を幼い頃から育んだ彼女は容易い敵ではないだろうがね……。
「とにかく、その路線で仲間たちと話し合ってみます。ありがとうございました。剣どころか筆も持てないような役立たずな私に、仕事を下さって……カミラさん……いえ、ストラウス卿の奥方のひとりであられるカミラさまには、感謝の言葉が尽きません。いつか、何かで恩返しを……」
「あはは。そうっすね。いつか、助けてもらうこともあると思うっすよ。貴方はきっと、出世なさると思うっすから」
「そうでしょうか。そういう願望は、あったのですが……まあ、その、確かに。この任務を果たせれば、きっと出世の機会も得られるでしょう」
「うんうん。そういう方とお知り合いになっていると、きっと、ソルジェさまが将来困ったときの力になると思うっす。引き抜き、とかの対象になるかも」
「な、なるほど。ストラウス卿の下で、働く……」
「戦士というよりも、文官っすね。ガルーナ王国には、きっと、そっちの方が足りないと思うっすから」
「優秀な戦士だけでなく、つまり、軍隊だけでなく、政治的な集団も作りたいんですね」
「はいっす。錬金術師さんたちは、大陸で一番集まっている状況っす。それに、時計技師もいるし……文官、政治家をフォローしてくれる法律に詳しい方が少な目っす」
「国作りには、たしかにその種の力は重要ですよね。なるほど、他国に仕える」
「ああ。もしかして、失礼でしたか。引き抜きなんて、祖国を裏切れと言っているような側面もあった……ごめなさいっす」
「いえいえ、とんでもない。評価されたことは名誉なことですから。それに、『プレイレス』の都市国家においては、珍しくもありません。失態を犯した軍人だろうが政治家だろうが、だいたい都市から追放されますんで。流浪のタレントは、そこそこいるものです」
「『プレイレス』は人材が豊富だからっすかね。せっかくの貴重な賢者を、外に出してしまう」
「それも一種の社会病理があります。私たちの地域、つまり『王なき土地』にも欠陥があるのです。市民の誰かが、まるで『王』のような権力を持つことに、恐怖心があるのですよ」
「王さまはいたらいたで、便利だと思うっすけど?」
「『王なき土地』は、市民の話し合いで物事を決めるんです。それは、時間がかかるし、なかなか意見の一致を見ないことも多くて、ときどき非効率的ですが……私たちの存在意義のようなものであって、変えられないのです」
「つまり、『王さまは絶対に出しちゃいけない土地』だから……」
「『王さまになりかねない人物』は、ちょっとした失点で、追放されてしまうことだってあるんです。優秀だからこそ、なんですよね」
「土地が違えば、何でもまるっと変わってしまうこともあるっすね。また一つ賢くなれたっす!」
「私もです。農家の考え方や、『隠し畑』の存在なんて、想像したこともなかった。とても大切な要素のはずなのに……」
「何でもかんでも、すべてを考えていては辛いっす。それに、たぶん、無理っすから!」
「あはは。たしかに、そうです。どんなに優秀でも……ヒトは、やっぱり、弱いんですよね。王さまだって、農民の人気を心配する必要もある……『王なき土地』も、理不尽な追放が起きたりする。まったく。世の中は、やっぱりどこまでも不完全ものみたいだ」




