第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千百八十二
「気楽に、ですか……あの。かなりの人命がかかっているような……」
「まあ、そのときはそのときってことっす。全力を尽くして、ダメだったとしても問題はないっすよ」
「……そう、ですね。ドゥーニア姫も、冷静で合理的な方だと言われるのなら、最終的には断らないでしょうけれど。条件をつけてこられるかも……政治的な責任を、永遠に取らされるのって……すごく嫌じゃないですか。先祖のしたことが原因で、謝れますか?」
「うーん。自分の故郷は、歴史的にザコというか、ド田舎の地域だったので。そういう歴史的な因縁があるのは、近所の村と水源を巡ってのことっすかね」
「……規模の差はあるかもしれないですが、似通う部分もあると思うので。お話してもらえないでしょうか」
「『大学半島』の学生さまたちに、自分が教えられるようなことはないと思うっすけど」
「それでも、頼みます。今は、その……生きた知恵みたいなものに頼りたいのかも。文献なんかじゃなくて、もっと、生々しい実例というか……」
「分かりましたっす。大きな交渉に挑む前には、なかなか怯みがちなものっすからね」
―――カミラは腕を組みなおし、自分の土地の歴史を思い出す。
荒涼とした山奥の寒村での暮らしは、豊かさや文化などとは程遠い。
大道芸人の一座や旅商人の訪れが、外部からの情報を得る唯一の機会だった。
山肌の畑から眺められる領主の古城と、雄大な自然が世界の全てみたいで……。
「お隣の村も、もちろん領主さまの支配のもとにあられたのですが。水路に関しての優先的な使用の権利のようなものが、いつも向こうにありましたっす」
「ああ、その。高度とか?」
「そうっすね。私たちの村の畑よりも、上流に畑を持っていたからっす。まあ、いつもはお野菜の交換をし合ったり、仲良くやれたりしているっすけど……夏の時期は、ほんと、サイアクに仲が悪かったっすね」
「夏……水が、いりますもんね」
「自分たちの土地は、山に囲まれていたせいなのか、夏は雨雲さんが来なかったっすね。でも、畑には水やりが必要っす。それに、家畜のための牧草を育てておかないといけない」
「上流にある村が、かなり水を奪っちゃいそうですね」
「イジワルというよりも、仕方なかったというのが今から振り返れば分かるっすよ。厳しい土地でしたし、領主さまが仲介してくれたときは助かったっすけど……年貢もどんどん増えていたっすね」
「……ああ。帝国軍が西侵を開始した時期ですよね。各地の国家は、戦費を捻出して、迎え撃つために軍を増強していった……カミラさんの地元は山脈に連なり、古城があるということは……国境も近かった。ご領主は、帝国軍との防備のためにも金が必要だったと」
「さ、さすがは学生さまっすね。とっても賢いっす。自分も、今となれば、そういう事情があって、年貢の激増があったのも理解できるっす……めちゃくちゃ田舎で、けっきょくのところ、帝国軍もスルーしちゃったというか……自分たちの国って、いつの間にか帝国に負けていたみたいっすね」
「大きな軍事的・政治的なストレスは、国のあまねくすべてを襲う……」
「そうっす。なので、戦争なんて本当はあまりやらない方がいいのは確かっすね!」
「……ちょっと、安心しました」
「傭兵稼業からすると、自分の言葉はちょっと的外れな部分もあるかもっすけれど。自分は基本、田舎者の平民っすからね。戦争があれば、とっても苦しむ立場っす。だから、こういう考えにもなるのかもしれないっす。でも、必要なときは武力も……ああ、脱線してるっすね」
「お近くの村とは、どのような争いや、和解を?」
「水路は大陸運河のように立派な作りはしてないっすけれど、一応は木の板で補強されていました。これがおとなりの村の畑に、効率よく水を分配するわけっすね。そっちに水を持っていかれることで、自分たちの畑には来ない。なので、夜間にぶっ壊していたっすよ」
「夜の闇に紛れて、こっそりと」
「こっそりなら、マシな方っすね。焼き払ったりすることもあったっすから。ああ、もちろん。水車小屋とかもよく燃やしていたっす」
「な、なるほど。それは、凄惨というか……」
「夜の闇のなかで燃える建物は、おとぎ話で聞いた怪物か何かのようで。なかなかファンタジックであり、とっても恐ろしいものでもあったっす」
「見物されていたのですね、カミラさん……」
「屋根裏の窓から、こっそりと覗いていたっすよ」
「そんなことをすれば、かなり……報復もされますよね」
「もちろん。みんな農具を使って、お互い殴り合いをしていたっす。村境の小道で」
「農民たちの戦いも、ハードなんですよね」
「そうっす。思えば、血なまぐさかったかもしれない」
「……そんな中で、どうやって和解を?」
「領主さまに訴え合戦だったっすね。それでも、いまいち効果がないときに備えて、自分たち同士の話し合いが用意されたっす」
「話し合いの場、ですか?」
「水の使用時間を、自分たちが用意したロウソク一本が燃え尽きるあいだだけ使えるようにしたっすね」
「それは平和的でいいですね。自分たちの用意したロウソクなら、信じられる」
「色々と策を凝らしていた記憶があるっす。でも、ルールは必ず変な使い方をする方が出てきてしまうものっすから」
「でしょうね。ヒトの性質です、それも……」
「なので。領主さまの提案で、『水裁判』なるものをすることになりましたっす」
「水裁判、記憶にありますね。都市部の裁判所ではなく、農村部で行われる即断即決型の、悪く言うと……かなり雑な裁判。その代わり、判決は早い。それが水を求める農家の緊急性に合っていた……」
「やっぱり学生さんのが、詳しいと思うっす」
「す、すみません。お話を聞かせてもらう立場だったのに……」
「いえいえ。その『水裁判』で、違反者への罰則をキツくしていったことで、解決したっすね」
「正当なルールが、お互いに納得をもたらした……」
「そんなカンジっす。参考になったでしょーか?」
「はい。たくさんの人々が、この世界では知恵を凝らしながら、紛争の解決策を模索していると確認できました。つまり、とても勇気づけられたってことです!」




