第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千百六十八
「基礎的な目くらましの呪術は、『空白』を意識することで使えるものです」
「空白、何もない……ということか」
「左様。ヒトは誰しも注目することで、認識を組み立てるものです。見えていても、見逃すことはあるでしょう。呪術はそういった『空白』を意識させるのです。『ありふれたただの景色』、そのイメージを呪術に込める。霧は、それを運んでくれるのです」
「ふむ。難しくは、なさそうだな」
「ええ。ストラウス卿ならば、自在に操れるでしょう」
「この『空白』の呪術を、霧に刻み付ければいいわけか」
「そうです。竜呪術の場合は、その魔眼で誘導すればいいでしょう。霧に対して呪術を刻むのです」
「む、難しそうですが。団長なら、よ、余裕なんですね?」
「『ターゲッティング』の要領で、おそらく霧に刻める」
「興味深いことに、くだんの霧はヒトにも容易く染み込むのですが、生物以外にも当然ながら染み込みますな」
「ほう。つまり、『ありふれた景色』を創り出す、あらゆるものに?」
「正解です。そして、染み込み刻まれた呪術は、管理次第では数十年だって機能いたします」
「お前が昔、あの漁村にかけた呪術は今日まで無事だった」
「管理はいりますがね。村人たちは、見事にそれを果たせた」
「十大師団のエリートではなかったかもしれないが、呪術的な知識がない一般帝国兵ではとても見抜けなかったと。有効そうだな」
「ええ。戦争にも活用してください。ストラウス卿ならば、私に思いつけない運用で、帝国軍を倒してしまうでしょう。それを想像すると、乾いた心が癒されますよ」
「ソルジェ・ストラウス。そいつに、もう少し聞いておくべきことがあるだろう」
「まあ、あるな」
「その呪術は、どうやって打ち破る。それを知っておかなければ、戦場での運用はあきらめるべきだ」
「この女に聞かせるべきでありますか?裏切りに利用するリスクもある」
「信じろ、私を。詐欺師ではあるがね」
「すごい!ぜーんぜん、信じられなーい!」
「彼女の全てを信じる必要はない。利用し合う関係だ。他の傭兵団と合同作戦をしているようなものさ。もちろん、少尉が望むならば、もっとフレンドリーな関係でも構わないがね。だが、慣れ合いが好きなタイプには思えなくてね」
「お前などとは、慣れ合わんさ。必要なだけ、手を組む」
「十分だよ。オレも去りたがる者を、引き留める趣味はない。帝国貴族や商人を騙して、架空の王国に金と物資を投資させてくれればいいんだ。会計将校であり、稀代の詐欺師の君と、オレたち帝国の敵が組めば、レヴェータの生存ぐらいは偽装可能だろう」
「姫さまの生存もだ。そうでなければ、反皇帝の機運は高まらないぞ」
「詐欺のデザインは、君に任せるよ。痛烈であればあるほど、オレは嬉しい。おそらく君だってそうだろう」
「物資はくれてやる。金は、私の報酬に相応しいだけもらうぞ」
「聞いたか、ノヴァーク。君の上司あるいは師匠は欲張りではなかったようだ」
「……どれだけ奪われるのかね。それもオレからすれば見物だよ」
「いい忠告だ。オレも、騙されないように気を付ける。オレ以上に、オレの仲間たちが」
「ふん。何だって構わん。おい、プレイガスト。私はソルジェ・ストラウスから『信用』されたんだ。気兼ねすることなく、情報を吐くんだ」
「こうやって、詐欺にハメるであります。ククリ、ククル。ちゃんと記憶しておくであります」
「分かったよ、キュレネイさん」
「大丈夫です。私たちは一言一句、全ての挙動も、記憶していられるので」
「頼りになるだろう。とにかく、プレイガスト。その呪術の見破り方を、オレたちに教えておいてくれるか?」




