第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千百六十六
―――ゼファーで海岸沿いを北上しながら、授業は進んだよ。
これはかなり有益な授業であり、呪術者と賢い者たちがいるのはありがたい。
ソルジェのような賢くない者とは違い、キュレネイと双子は完璧だ。
もちろんゼファーもだよ、『都市を隠すための呪術の霧』には興味津々さ……。
―――戦略的に『とてつもなく使える』のは、もちろんことだけど。
対ルルーシロアに使いたいと考えてもいるのさ、呪術の霧をね。
戦術として使っても、かなり興味深いものだろう。
空中戦の移動距離のなかで使えば、大きなチャンスを作れるかもしれない……。
「『呪術の霧』か。水気を、『風』で分散しながら……呪術を使う?」
「うん。メルカでは、長老が調合した錬金薬を頼るんだけどね」
「呪法錬金術ですな。さすがは、お二方の里の長老。長き研鑽を重ねた古老なのでしょう」
「あ、あはは。古老って言い方は、ちょっとアレかな」
「そう、ですな。女性に対して、配慮に欠いたかもしれない」
「配慮、ですか。長老が聞くと、とっても怒りそうです」
「そ、それは、重ね重ね……地下牢暮らしが長いせいで、言葉の使い方が下手くそになっているのでしょうな」
「まあ、ルクレツィアはその程度は気にしないさ。むしろ、知的好奇心をくすぐられるだろう。メルカの……その、呪法錬金術というものを強化できそうだと」
「うん。長老は、絶対にそうだ」
「『メルカ・コルン』は、『外』の世界へと旅立つことを選びました。でも、戦いのための力は蓄えないといけません。大切な人を全ては守れないかもしれない。けれど……」
「一人でも多くを、守りたいんだ。『メルカ・コルン』の一員として、強くなりたい」
「だから、プレイガストさん。教えてください。メルカは錬金術の知識はありますが、呪術の知識はおそらく貴方には負けるんです」
「『呪術の霧』において、必要なものは水分の管理。呪術は魔力ほど大きくはないが、魔力に依存した術ではある。水分……水については、いくつかの形態があるのは御存じでしょう」
「もちろんだ。さすがに、知っているぞ。オレでもな。液体、固体……『氷』、霧のような気体だな」
「左様。基礎的な物理の知識として、誰もが理解しているのですが。古代の『プレイレス』の賢者たちは、ひとつの予測をしておりました」
「ひとつの、予測?つまり……液体や固体、気体以外にもあるのか、水に?」
「ぜんぜん、想像がつかないや!」
「魔力を帯びたとき……というよりも、魔力で『極端な圧力』を与えたときでしょう。ガラス瓶すらも、融かしたそうです」
「何それ?ガラス瓶って、なかなか融けないよね?」
「つまり、これだね!」
―――ククリは水筒を取り出して、ペロリと舌を出した。
孤児たちの教師としての経験もあるから、実験を見せるのは得意なのさ。
ミアはじーっとその水筒を見つめ、ククリは魔力を器用に操った。
水筒のなかに集まっていく魔力は、水そのものに深く強くまとわりつく……。
「霧が、出てきた!すごい、すごい!」
「ふ、沸騰させているんですか?」
「違うよ。圧力をコントロールすると、常温でも気体に変えられる。でも、この実験の本題はこれからだ。こうやって、ミスリル製の針金を突っ込んで、ふたを」
「ふたを、しちゃった?」
「見てて。魔力を高めていくよ。それに、聞いていて」
「水の音、揺れてる音……」
「な、何が起きてしまうんでしょう……あ、あれ?」
「音が、聞こえなくなった!」
「えへへ。面白いものを見せるよ!はい、『熱い氷』!」
「何それ!?ヘンテコだー!!」
「そう。すごくヘンテコなの。あ。触っちゃダメだよ。すごく熱いの」
「じゃあ。このオヤツの干し肉を……すごい!!じゅーじゅー言ってる!!」
「『数百度の氷』も、作れはするんです。まあ、魔力の制御を解けば」
「うわー。あっという間に、霧になっちゃった」
「魔力の制御次第では、爆発もさせられるよ。というか、魔術ってこういう現象を使いこなしているの」
「すごい。私、自分でも知らない間に、それやってたのか……天才だ」
「そう。直感的に、物理現象を理解できちゃうの。子供って、すごいよね!」
「うん!なんだか、自分に自信を持てちゃう!」
「それで。実はもう一つ面白いことがあるんだよね」
「『熱い氷』以外に、まだ?」
「今度は、ククルの水筒を借りてやってみるよ。まず、こうして……『熱い氷』を作る」
「うんうん。それ、たぶん……私でもできるね」
「うん。ミアちゃんはとくに『風』の使い手だからね。真似するのはカンタンだろうけど、これはおそらくしたことない」
「『熱い氷』が出来たね。ミスリルの針金についてるけど……?」
「さっきは霧になってすぐ消し飛んだけど。これをさらに『風』で……『閉じ込める』と、こうなる」
「ふえ?ぐるぐる氷……ううん。水みたいな『うねうね』が、動いて……ミスリルが、融けてく!」
「そう。これが、きっと」
「ええ。私が説明したかった、固体でも液体でも気体でもない状態ですな」
「が、ガラスどころか、ミスリルを融かしたんですかっ!?」
「そうだよ。何でも融かしちゃうの。まあ、より正確には……物質の、ミスリルの『隙間』に侵入しちゃってるんだと思うの」
「なんだか分かんないけど、不思議ですごい!」
「そうそう。錬金窯のなかでは、こういう現象も起きてる。人力で無理やりやると、かなり疲れるけど……呪術なら、もっと極小の単位なら……」
「『水でも霧でもない状態の何かを作れる』。そいつは、『隙間がないほど見事に打たれたミスリルの内部にさえも潜り込む』」
「そういうことだよ、ソルジェ兄さん。そして、その霧は……ヒトにだって、潜り込む。融かしちゃうほどの力はないけど、こっそりと……」
「プレイガストさんは、きっと、その『不思議な霧』に視覚に作用する呪術を刻んでいるんですよね?」
「左様。さすがは、ククリ殿にククル殿。私の作り出した呪術を、たった一言から紐解いてしまった」




