第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千百五十二
―――無数に飛び散っていく獣たち、それらを逃がさないようにするため。
ソルジェは鉄靴の内側で、ゼファーに飛行の軌跡を伝える。
大きく右に傾きながら、キュレネイとストレガの双子たちに頼った。
『風』の魔術を放たせたのさ、風圧の牢獄に獣たちを閉じ込めるために……。
―――旋回しながら上空を奪い、そこから叩き下ろすような『風』を放つ。
ソルジェにもう魔力はろくに残っていないが、わずかに手伝いもした。
三人に対して集中の鉾先を示すような、ほんのわずかで弱々しい魔力の動き。
罪深い男だと、ノヴァークは考えてしまう……。
―――ストレガの双子たちも、キュレネイ・ザトーだって。
魔術を使っているだけのこの瞬間さえ、嬉しそうに見えてしまったようだ。
恋愛の呪縛にかかっている少年からすれば、何だって恋愛的に見えるものさ。
真夏と重傷と、肺腑を守るための浅く激しい呼吸に苦しみつつも……。
―――無力な状況でも、ハーフ・エルフ特有の知覚能力は研ぎ澄まされている。
少なくともそのつもりで、警戒すべきシドニア・ジャンパーを見つめた。
彼女の裏切りの兆しを摘み取るのが、自分の役目だったからね。
自殺封じの犬の呪いだって、いつまで効いているかは分からない……。
―――そして、この少年は状況に混ざる『異物』も警戒していた。
誰でもないプレイガストだよ、呪術師にして数学者らしい人物。
ノヴァークからすれば正体不明であり、自分たちを見つけ出した『怪人』だ。
たかが競馬新聞の統計的不一致から、自分たちまで短時間で辿り着いた……。
―――竜の機動力や『狼男』の嗅覚呪術があってこそだが、それにしても。
ノヴァークからすればプレイガストを信じることは、どうにもできない。
見た目も痩せ細って、地下牢暮らしのせいで夏なのに真っ白な肌だった。
古い傷も多いが、それにも呪術的なタトゥーが施されている……。
―――ノヴァークが知る『トゥ・リオーネの地』のタトゥーに、他地域の呪術印も。
痛ましい古さが、執念深い復讐の鬼の様子を気取らせるのさ。
それなのにソルジェたちが彼を信じているのが、ちょっと理解しがたかった。
悪癖にもつながりやすいけれど、ソルジェは受け入れる力を強め過ぎているかも……。
―――包容力は王の器そのものであり、他者を受け入れられなければ王ではない。
だが、フレンドリーなクラリスにもボクや姉のような『ルードの狐』が必要だ。
権力に付け入る者の多さについては、ソルジェよりノヴァークの方が詳しいかも。
付け入られる経験は少ないものの、商人の息子としての視点でその逆を見て来た……。
―――信用しがたい男に見える、有能で何もかも失った復讐の鬼なんて。
だから、どちらも見ておくことにした。
ジャンの活躍も友人として見ておきたいが、この見張りも大切だ。
全員を死に至らしめる策を使える者は、敵ではなくてプレイガストだから……。
「少尉から、学んだ。信頼の逆手に取るヤツが、どれほど厄介なのか。オレたちは、信頼の逆説的な使い手である……呪術師に、向いているよな」
「……少年、私を疑うかね。だとすれば、ちょうどいい。疑っていてくれたまえ。そちらの双子にも伝えてはいるのだが……私も、精神的に安定しているとは言い難いからね」




