第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千百四十九
―――『巨狼』に引きずられ、地下の触手が裂けていく。
『呪いの中心』である『薔薇の花弁』の香りが、周囲に飛び散った。
オルテガの上空に咲き誇った、あの不思議な神秘の薔薇の欠片。
それが牙のすぐ近くにある、それに気づいたジャンはますます力を込めた……。
『そ、それを、破壊すれば……ッ。この戦いは、お、終わらせられるはず!!ぎ、ギルガレアさんっ。こ、今度こそ、眠ってくださいっ!!』
―――ギルガレアの権能の一部でも、これだけの被害を起こせる。
祭祀呪術の混沌とは、本当に厄介なものだよね。
そんな力を多用している『プレイレス』周辺の土地が、かなり心配だ。
それらは神々を起こすようだからね、眠り忘れ去られたはずの大いなる力を……。
―――ギルガレア自身の預言は、的中している。
彼自身の力もまた我々の敵となり、ジャンを殺しかけたのだからね。
『チャンム』も彼の力に引きずられ、敵対してしまっている。
連鎖するような呪いがあって、それらは我々を包囲するように絡みつく……。
―――その一つでも、確実に終わらせておくべきだとジャンは決意していた。
神々の力さえも、『狼男』の力で粉砕してやるのだと。
『薔薇の破片』を、粉々にしてやるために全力の力を込める。
牙の内側に生まれた破壊の力が、何もかもを潰してえぐっていく……。
―――祭祀呪術の中心を、噛み潰してやろうなんて。
とんでもない試みだよね、だがいかにもジャンらしいじゃないか。
最強の力、『狼男』の筋力でならば。
この恐ろしい祭祀呪術を終わらせる力として、相応しいものだよ……。
―――古木の装甲を粉砕し、破壊の牙はようやく核心へと到着した。
あの夜のかがやく薔薇の香りが深まって、無数の獣の気配が飛び散った。
ギルガレアの眷属たちの姿だ、鳥もいれば猿や蛇にカマキリもいる。
多くの姿と眷属を持つ罰神の力が、牙のあいだからこぼれていった……。
『さ、祭祀呪術の、か、欠片が……色んな獣の、姿に……っ』
―――不思議な光景が、『巨狼』の目と鼻の近くで生まれていた。
美しいとは言えないが、神秘の極致ではあったよね。
黒い闇色の塊たちがうねり飛び散りつつも、獣たちを形作っている。
魔力でもない何か、罪科の獣ギルガレアの権能が破壊されながら飛び散っていく……。
―――その破壊の完遂を見込んで、ジャンはますます牙に力を込めた。
ギリギリと壊れていくための音が、悲鳴のように漏れる。
だがおそらく、ギルガレア自身はこの終焉を望んでいるはずだった。
願いを叶えたがるやさしい罰神は、この乱世に混乱を招きかねない……。
―――死者を偽りの形で蘇らせる程度の力なら、彼にはあるのだからね。
それはあまり世の中にいい影響を与えてくれず、混乱のもとだよ。
ライザ・ソナーズ自身も、おぞましい偽りの生を望まないだろう。
貴族の令嬢という生き物は、誰しもとてもプライドが高いものだからね……。
―――『ニセモノの自分』が、生きているフリをするなんて。
それはあまりにも腹立たしいものと、認識してくれると思うのさ。
気高い者には、安らかな死の眠りが似合うものだよ。
霊廟でも建ててやった方が、いい供養になるに違いない……。
「くそっ。ちくしょうっ。姫さま、すみませんっ」
―――祭祀呪術の終焉を、シドニア・ジャンパーも感じ取っている。
術を施した本人だからね、自分の願望が壊されていく感触は伝わってきた。
姫さまを失った日と、同じほどに純粋な涙だと思う。
歴史上最大の詐欺師のひとりが、忠誠心に泣くなんて……。
「しょ、少尉……オレは、いつでも、いつまでも。味方だから。やれないことも、多いけど。でも、あんたを……生き延びさせるのが、オレの仕事なんだと決めた」




