第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千百四十五
―――シドニア・ジャンパーは、ますます居場所を失っていく定めだった。
詐欺師として帝国軍に指名手配される運命は、どうやっても逃れられない。
ノヴァークが支え切れるほどの喪失を、とっくの昔に越えているだろう。
それでも少年は、戦場の空で苦痛にうめきながらも彼女を見つめていた……。
「吸収しやがる。私が、苦心して作り上げたはずの組織だって……」
「次にやるときは、もっと正当な手段を心掛けるべきであります」
「うるさい。私に、指図をするな」
「ノー。釘を刺しておくであります。シドニア・ジャンパー、お前は『自由同盟』のための詐欺師となる。しかし、これは特殊なカード」
「大義に背くと?そう考えているとすれば、甘ちゃんもいいところだ。ユアンダート皇帝陛下を敵に回している者とは思えん呑気さだな」
「正しさに欠いた組織が、消え去っていく光景をよく見かけるであります」
「悪いから消えるんじゃない。負けたから、消えるんだ」
「正義に欠けば、弱くなるものであります。悪がくれる力は、知れている。お前も、その弱さを嫌って、大義になびいた」
「姫さまは、賢い。正しくもあり、冷徹だった。他人にも、ご自身にもだ」
「大義に憧れたのは、そこに意味や価値、存在理由を求めたからであります」
「誰のことだ。それは、あの赤毛の手下であることに快楽を感じているお前の言い訳なんじゃないのか?」
「言い訳、でありますか」
「とても個人的な思想で、お前はソルジェ・ストラウスのそばにいるだろう」
「……イエス。拾ってもらった。私は、一種の、犬であります。雨に打たれても、飢えていても、泥だらけになっていても。顧みられることのない定め。それが、今では大きく変わったであります」
「大義では、ないな。お前の本質は、つまり悪……あるいは、空虚なんだ」
「誰のことでありますか?私は感情表現が乏しい。私を見る者は、自分自身を見つめることになる」
「……嫌な、女め」
「イエス。敵を多く殺してきた。敵と言えない者も、手にかけたかも。お前のような悪党の手下をさせられていた子供時代の記憶は、幸いなことに多く忘却しているであります。だが、罪を推測するのは容易い。殺すことで、奪うことで、悪は利益を得るものだ。お前や、お前の姫も同じく」
「どれだけ、姫さまが苦しんでおられたか、分かるまい」
「イエス。痛みは、やはり固有の感覚であります。しかし、それでも……救われた者の喜びは理解できる」
「似ていると、でも?私と、お前が?」
「イエス。どこがどうとまで、細かくは言わない。似ていない部分も多いから。私の大切な人は、人買いなどではなかった」
「私の主は、軍事力により世の中を変えるなどと、暴力的な手段は用いなかった。お前らは、交渉や政治手腕が紡ぐ平和的な変化の道を知らなさすぎる」
「だからこそ、頼るであります。本意ではなくとも、純粋さを失い、穢れてしまいながらも。巨敵を打ち破るために。私の……一人目の主は、自由を求めた。旅を。悪人どもの鳥かごのなかで歌うことを強いられた。それは彼女にとって、偽りの人生」
「守れなかったのだろう。どうせ、そうだ。無表情女め」
「守れなかったであります。守ってやりたかったけれど。このロケットに入れて運ぶのが、精いっぱい。彼女の一部は、ようやく鳥かごのない空を飛んでいる」
「にらむなよ。心の傷を、えぐり合いに来ているのはお前からだったはずだ」
「大嫌いであります。だが、それでも。無理やりにでも、力を借りる。お前も、分かっているだろう。駄々をこねたとて、現実は変わらない。失った命に報いる真の方法は、あまりにも数が少ないものだ」
「香油入れのなかに詰め込んで、首から下げて運んでやれと?」
「ノー。私の手段を、マネするなであります。これは、世界と自由を求めた、彼女の願いの引き継ぎ方だ。彼女の恐怖を、終わらせるための方法。死よりも怖い、終わり。孤独が嫌で、私を死んでも自由にしたくない。自由が欲しいくせに、孤独は嫌。旅と自由に生きたい。でも、きっと……本当に自由になったら、さっさと定住したような気もする。故人の願いを引き継ぐ方法は、とても苦労するものであります」
「なるほど。それは、それは。お前とかつての主は、よく似ている。依存性が強い」
「お前にだけは、言われたくないであります」
「こっちこそ。依存性じゃない。私のは忠義だ」
「私のこそ、忠誠であります」
「ただの犬属性だ。お前は、主従関係に快楽を得ているだけ」
「そうだとしても、問題はないであります」
「どうだろうか?お前は、二度目の主を失ったとき、どんな気持ちになるだろう。一度目の主は、願ったんじゃないか?お前の殉死を。それでも、お前は」
「三度目の主は、不要であります。ソルジェ・ストラウスの命運が尽きるとき、私も死ぬだけのこと」
「……うらやましい言葉だ。忌まわしい呪いのせいで、私はここから飛び降りることも叶わん」
「ポジティブに考えるであります。お前の姫さまを殺した男、レヴェータの名前を使い、ヤツの父親の作った亜人種差別主義の帝国を壊せる。経験から得た言葉を、お前に。自分の大切な者を殺した組織が消えてなくなる快感は、最高であります」




