第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千六十五
―――事実誤認なのか、それともソルジェが現れたことの影響なのか。
戦場はシンプルだけれど、それを取り巻く環境にはフクザツさがあるのは事実。
ライザ・ソナーズとの日々は、戦争の最中に終わりを告げた。
生き残った『忠臣』として、この詐欺師は苦しみ続けている……。
「お、お母さん……みんな、あ、愛情のせいで、壊れていくんです」
―――アリアンロッドは語らないが、記憶を知性が読み解いていく。
彼女は邪悪な神のひとりだったけれど、確かに愛情と慈悲は持っていた。
北方で苦しむあらゆる孤児たちを救いたかったけれど、それは実現しなかった。
殺すことが救済だなんて結論には、ボクには認められない……。
―――でも、ジャンからすれば違っているのかもしれない。
誰もが個別の痛みを背負って、生きるしかないわけだけれど。
それはつまり、自分以外の者が背負った痛みを理解するのは不可能ってことさ。
孤児院と殺りくと、孤独なレッドウッドの森のなかでの日々……。
―――それがどれだけの痛みであって、その痛みが紡ぎ出した価値観とは。
想像だけでは及ばない場所に、そういうものはあると思うんだよ。
ボクらからすると困ったことに、ボクやソルジェよりも。
シドニア・ジャンパーの方が、ジャンの痛みの場所に近かったのかも……。
―――呪術と詐欺師の才能だけでは、ジャンの苦痛を読み解けやしない。
話術で情報を盗み出せたとしても、この結果は起こせなかっただろう。
痛みってものは、絶対に他人のそれを理解できないくせに。
似たような痛みは、お互いを引き付けてしまう引力を宿していたんだ……。
「お、『お母さん』も、罰を望んだのでしょう。じ、自分が壊れて、狂っていて、守らなくちゃいけない、こ、子供たちを殺して……こ、殺したあと、遊ばせてあげたけれど。そ、それは、あまりにも……つ、罪深かったことを、分かっていたんだと思います」
―――アリアンロッドの心は、ボクには分からない。
というかヒトには分からないと思うよ、『侵略神/ゼルアガ』の心なんてものは。
でもね、ジャンは違うのさ。
罰されたいと思ったから、自分に殺させたのだと信じ込んでいる……。
―――正しいかどうか、そんなものはどうだっていいことなのさ。
思想を体現するために、突き進んでいる者からすればね。
シドニア・ジャンパーもそうだし、ジャンもそうだった。
我らがやさしい『狼』は、罰と贖罪を望んでしまっている……。
「ぎ、ギルガレア。ぼ、ボクを―――」
「―――目的を、果たすんだ!!オレたちの目的のためだけに、行動しろ!!」
「も、目的……っ」
「過去なんて知ったことか!!オレに、必要なのは、これから先のことなんだ!!」
―――圧倒的な破壊力を持った触手の群れのなか、ノヴァークは叫んだ。
シドニア・ジャンパーに対してもだし、ジャンに対しても。
過去に囚われているふたりとは違い、先を見たがっている。
痛みを知らないからこそ、口にできる言葉だってあるのさ……。
―――おかげで、ジャンは正気に戻ってくれる。
ギルガレアの罰を望むような真似はしない、触手から離れようとした。
シドニア・ジャンパーを確保して、もちろんノヴァークも守りたい。
自分がどれだけ罪深かったとしても、今は猟兵なのだから……。
―――だが、祭祀呪術というものは恐ろしい力だったよ。
ジャンの『狼男』の力をもってしても、生贄になろうと考えてしまったとき。
発生してしまった心の隙に、触手はやはり届いていた。
とっくの昔に、ジャンは呪われてしまっている……。
―――厄介なことに、アリアンロッドに操られたときの呪術の残骸。
そんなものがまだジャンの体には残っていて、その特性を引き出している。
『ゼルアガ』を信奉する者どもも、この世にはわずかにいるからね。
アリアンロッドにあった、善と悪の二面性のように……。
「『ゼルアガ』も、神は神だ。悪神だろうとも、力を有している。その種の存在に、ヒトは生贄を差し出し、対価を求めて来たものだ。そのための呪術も、もちろん、伝わっているのだ!!」




