第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千六十四
「言い淀む権利は、お前にはないんだ」
「少尉の言葉を、聴くんじゃない。呪術をかけようとしているんだ!!」
「ぼ、ボクは……」
「『ゼルアガ』が生贄に選んだ存在くん。お前は、あまりにも罪深いんだ。そして、呪術の生贄としての才能がある。『罪科の獣ギルガレア』に、裁いてもらうがいい」
―――ノヴァークが足元の揺れに気づいた次の瞬間、床と天井がひび割れながら。
無数の触手を生やして来たのさ、視界のすべてが揺れる黒い影に覆い尽くされる。
逆さまになったオルテガから落ちてきた、薔薇の花の欠片。
『それ』から呪術で生やしたのだろう、製法は呪術師じゃないから分からない……。
―――戦士でも兵士でもない家出少年の脚は、すくんでしまう。
いびつな触手の群れに取り囲まれた彼は、この闇色の触手に生物を連想した。
本能的に息をひそめて、じっとしておきたくなったらしい。
古代の神の一柱だからか、本能に訴えかけてくる力があるのさ……。
―――ノヴァークは怯え切って、ただ無音のまま立ち尽くしている。
触手たちは鞭のようにしなってうなり、イライラしているのか空中を叩いた。
空気が破裂するような音がして、その力は肉を裂き骨まで砕くはずだと想像させる。
ノヴァークは無力だった、自分を壊してしまえる力の群れのなかでね……。
「ぎ、ギルガレア。あなたは、ぼ、ボクを……」
―――ジャンが勇敢なのはいつものことだけれど、この瞬間は過剰だった。
臆病さは本能に必要でもある、こんな異常な状況で落ち着いているのはおかしい。
あわてて逃げ出すことが必要な状況であって、野原にたたずむような姿勢はいけない。
ジャンは破壊的な力にひしめくその場さえ、『怖がれない』んだよね……。
―――ヒトを無造作に壊せる力であっても、『狼男』の前には無力だ。
風に揺れる雑草と、この触手の群れはジャンからすれば同じものだった。
むしろ、神の気配を帯びたニオイに落ち着きさえしている。
レッドウッドの森や、アリアンロッドの棲みかと同じニオイがするようだ……。
―――『狼男』は、やはり『ゼルアガ』の影響で誕生したのかもしれない。
アリアンロッドを『お母さん』と呼ぶのは、ジャンからすれば当然なのかも。
シドニア・ジャンパーがここまで読んだとは、さすがに思えないけれど。
残酷なまでに方向性は正しく、ジャンを祭祀呪術に取り込んでいた……。
―――言葉で傷つけて、混乱させて。
その隙に、邪悪な作戦を実行に移す。
完璧な手口だったかもしれないし、ジャンには過酷な時間の始まりとなる。
おぞましくうごめく闇色の触手の群れのなかへ、ジャンは歩いた……。
「さ、誘われてはダメだ!!そんなものに近づいても、あんたは何も得られない!!生贄にされちまうだけだぞ!!」
―――ノヴァークも勇気を出してみせたよ、彼にも善良さはある。
敵の術中に落ちようとしているジャンを、止めようとはしたんだ。
ジャンの腕は、たしかにその一瞬だけは止まったけれど。
またすぐに動き出して、壁を這い回る触手の群れに手を突っ込んだ……。
「やめとけ、ジャン・レッドウッド!!そ、そんなものに、触れるんじゃない!!」
「……ギルガレア。罪の、つ、償い方を……」
「そんなもの、求めるんじゃない!!」
「ぼ、ボクは……反省しているんだ。つ、罪深さから、ゆ、許してもらいたい」
「少尉!!やめろよ!!いいヤツまで、騙すのはナシだろ!!ガキの頃からの苦労人だぞ!!こいつは、利用していい相手じゃない!!そういうの、あんただって嫌なハズだろ!!」
「黙ってみていろ、ノヴァーク。私の祭祀呪術の完成と、ソルジェ・ストラウス退治をな」
「んなこと、しなくていいはずだ。どうして、そんなに……」
「直接の原因になった。姫さまを死に追いやる状況を、あの赤毛野郎は作ったんだ!!」




