第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千六十一
「だ、誰かの役に立つのは、う、うれしいですが。でも……」
「ジャン・レッドウッド!!でも、クソもないんだよ!!」
「の、ノヴァークには分からないよ。ぼ、ボクたちのきもちなんて……っ」
「その通りだ。自分以外のヤツの痛みなんて、分かるわけがない。固有の痛みなんだからな。だから、少尉も、あんたの気持ちも痛みも、分かっちゃいないんだ!!」
「そ、それは、そうかもしれないけれど」
「考えるんだ。騙されそうなときは、考えろ。自分にとって、最適解が何なのかを。冷静にならなくてもいい。必死さだけでもいいから。とにかく、考えろ。現実だけを、直視するんだ」
「げ、現実…………そう、だ。そう、いえば。この『ニオイ』に、お、覚えがある」
「何の『ニオイ』だ?あんたは、『狼男』なんだ。とてつもない嗅覚で、何かを見抜けているんだな!?」
「た、漂ってくるんだ。さ、さっき、彼女と傭兵たちが立てこもっていた場所から。何かが、これは……これは、お、思い出した……っ」
「何を思い出したのか、私に教えてくれるかな?」
「そ、それは……」
「だ、大丈夫だろう。ちょっとした情報だけで、少尉に操られるようなことはないはず」
「……ギルガレアの、ニオイが混じっているんだ。さっきまで、ち、違っていたのに」
「ぎ、ギルガレア。罪科の獣だな」
「け、顕現していたんだ。『ルファード』や、お、『オルテガ』で。こ、ここの遺跡自体も、少し似ているニオイがしているのか……いや、だ、だんだん、あいつのニオイが濃くなって来ているような……」
「神の、ニオイ……さ、祭祀呪術に関わっているんだな。もしかして、少尉。あんた、ギルガレアの一部でも、回収していたとか?」
―――ジャンの目が見開かれる、ギルガレアの一部がばらまかれたときがある。
『不滅の薔薇』の状態だ、天空全体をおおいつくしたイバラの状態。
あれから花びらが、舞い落ちるときがあった。
あの瞬間のニオイにこそ、この地下にまん延しつつあるニオイが同じだった……。
「ば、バラの花びらを、か、回収していたんだ……っ」
「その通りだ。あの呪術の本質に、命を感じ取ったのでね」
「い、命。たしかに、あ、あれはギルガレアが、不滅を求める人たちのために化けた姿で。あ、あなたの思惑には……」
「合致しているものだよ。死を恐れる人たちへの答え。黄泉から人を救済する方法。そのための欠片が、求めている私に向けて降って来たのだ。勇気づけられたよ。回収できたのは、おそらくギルガレアが私に応えてくれたおかげだろう」
「そ、そんなのは……」
「私の身勝手な解釈か。だとしても、事実として、私は祭祀呪術に必要な要素を手に入れたのだ。お前たちが破壊してしまった、あの巨大な薔薇の一部をな」
「あ、あれが、あったとして……で、でも。この、ま、禍々しいニオイは、どういうことなのでしょうか。な、何か、違います。ぎ、ギルガレアは、誰かの願いを受け入れたがる神さまだったと思いますが。こ、これは……」
「姫さまの一部も、混ぜてあるんだ」
―――ノヴァークは、吐き気を催した。
当然だろう、死んだお姫さまの一部。
それを『混ぜてある』ものが、一体どんなものだったとしても。
どう考えたって、吐き気を催すべき何かに間違いないのだから……。
「ら、ライザ・ソナーズ姫さまのご遺体を、も、持ち出したのかよ」
「必要な分だけの、些細な冒涜だ。私とて、本意ではなかったが。他に方法がないじゃないか。だから、一部を回収したんだ。臓腑の一部、腎臓の一部だけ。本当ならば、すべてを保存したかったが。この真夏の暑さのせいで、それは難しそうだったから」
「少尉。やっぱり、そんな真似はするべきじゃない。死者は、静かに眠らせておくべきだよ。し、死んだあとでも、連れ回してやるのは、あまりにも可哀そうだ」
「うるさい。黙れ。ガキには、分からん」
―――たしかに痛みは、固有感覚だったのさ。
ボクにもノヴァークにも、死者を切り刻んで神さまの一部と混ぜるなんて。
そんな真似をする理由は、まったくもって理解が出来ないんだ。
でもね、やはりヒトの人生は興味深くて可能性の宝庫でもある……。
「ぼ、ボクは分かる。ボクも、た、食べてしまったから、分かるんだ」
「た、食べてって……」
「の、望んだわけじゃない。で、でも。く、食い殺してしまったから。ちょ、ちょっとだけ、混ざった。た、たくさん、たくさん吐いたけれど。すべてを、体の外には、出せなかったんだよ。そ、それは、罪深いけれど。で、でも……ボクは思うことにした。い、いっしょに生きているつもりになろうって……し、シドニア・ジャンパー。あ、あなたも、彼女を、食べてしまったんですか?」
「しょ、少尉……あんた、ま、まさか……あ、あんたまで、し、死体を……く、食ったのかよ?」




