第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千三十三
―――プレイガストは生き直している途中だった、復讐の泥濘からの抜け出しつつある。
若者を育て上げてみたいという願望は、かつてより大きいかもしれない。
育てたかった子供たちは処刑済みだからかもね、失ったものが産み出す重みは強いよ。
ソルジェが復讐者だけではいられなくなったのと、まったく同じ力学なんだ……。
「……若者たちのために、使ってやりたい知恵がある。私の人生は、まだまだ終わっていなかったのかもしれない」
「プレイガストさんは、いい先生だと思うよ」
「そうです。分析者としても、指導者としても。とても有能だと思います」
「嬉しい言葉だよ。ユアンダートを倒すため以外にも、何か、自分に残っているような気がする。これは、きっと、救いだね」
―――ククリとククルは、何かを伝えたくなっていたものの。
そこから先の言葉には、どんなものが相応しいのか分からなかったみたいだ。
何もかもを奪われてしまった、燃えカスみたいな絶望の底にある中年男。
そんな人物に対して、捧げるべき言葉がないのは少女にとって当然だろう……。
―――もう少し、人生経験が欲しい。
そんなことをふたりして思っていたのさ、双子らしくというか少女らしく。
世界に満ちあふれている悲しい固有の物語、人生ってものを労う言葉は難解だ。
プレイガストにどんな言葉が、捧げるべきものとして正しいのだろうか……。
―――ボクがそこにいたら、酒でも飲みに誘うけれどね。
少女たちには分かりにくいだろうけれど、これは万能な言語だ。
夜空に満ちた星々の光を見上げながら、夏の酒を浴びるように飲むべきだ。
プレイガストが拷問の果てに、肝臓を壊されていなかったなら……。
―――願いを打ち破るような現実というものも、いくらでも転がっているものだ。
毒を盛られて、あるいはそんな錬金術の産物ではなく。
もっと原始的で物理的な暴力で、内臓を壊されているかもしれない。
酒を飲むために使うべき肝臓だけど、拷問ではよく殴られるからね……。
―――レビン大尉は俗物だけど、残酷でも邪悪でもない凡人だよ。
臓腑をわざと壊したりはしないだろうが、前任者どもも同じとは限らない。
プレイガストは実年齢より十も二十も老けて見えるし、健康状態の悪さを見て取れる。
呪術で肉体を動かしている部分さえあるほどに、彼はかなり壊れていた……。
―――だからこそ、酒を酌み交わしたくもなる。
酒なんてものは、けっきょくは毒だから。
ちょっとずつでもいい、何かを壊したくなる瞬間は人生には必要だ。
それは他人でも物でもなく、自分自身だったりもするものだよ……。
―――破壊が救う何かがあるなんて、矛盾しているが人生らしいだろう。
泥にまとわれつかれながら、傷だらけになりながら。
取り返しのつかない悲劇や、あまりに小さな苦痛を山ほど味わいつつ。
ぶっ壊れながら生きていくのが、ヒトの定めみたいなものだから……。
「ちくしょうめ!!心臓が、止まっちまいやがった!!」
―――プレイガストの放っていたいくつかの矢が、誰かの命を終わらせる。
プレイガストは空に向けて放たれた、その怨念を帯びた声を聴きながら。
自分がずい分と狂暴になったことを思い知るのさ、眉一つ動かなかったからだ。
冷徹であると決めたなら、ある程度年を経た男は実行できてしまうものさ……。
「……さあて。地下は、どうなっているだろうか」
「ソルジェ兄さんたちがいるなら、もうそろそろ」
「ターゲットを確保しているころだと思いますよ。『パンジャール猟兵団』は、とてつもなく優秀なので」
「では、ゼファー殿。魔眼越しに、状況が見えるのではありませんか?」
『ちかにいるから、すこし『どーじぇ』と、つながりにくい』
「ふむ。シドニア・ジャンパーの呪術で妨害があるのか、あるいは……あそこの地下にある構造物そのものが、呪術的な側面を持っているのか」
『どっちもって、かんじ。なにかね、やっぱり、『わな』はあるとおもうの』
「竜騎士ソルジェ・ストラウスの戦いを、彼女たちは見ていた。それでなお、勝負を挑むとなれば。無策では、ないでしょう」
「私たちも、援護に行くべきかな?」
「それとも、地上でやれそうなことはありますか?呪術師シドニア・ジャンパーの、力をそぐような行為とか……思いつきませんでしょうか?」
「あるとも。祭祀呪術への妨害。その種の呪術もある」
『さっすが、ぷれいがすと。じゅじゅつには、とってもくわしいね!』




