第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千十九
「敵がこちらを見てくれているというのが、実に好都合だな」
「左様。影の位置も、頭部や腰骨の位置もコントロールが利くわけです」
「お兄ちゃん、賢い!」
「マエス・ダーンから習った通りさ。見せることで、相手を徹底的に操る。『王者の剣』だな」
―――ソルジェらしいし、数学者であるプレイガストらしくもある発想だよね。
ソルジェは威圧によるコントロールと、プレイガストは位置関係的な解釈。
傭兵どもは青空に君臨するゼファーを、『見てしまっている』のさ。
ゼファーからすれば、呪術の雨を放つべき角度は明瞭ではある……。
『おひさまをせにして、そのまま、ほうしゃじょうに……『のろいのあめ』をはなてばいいんだね』
―――冷徹なまでの計算能力と、自分を敵は必ず警戒するという確信。
ゼファーにはそのどちらもあり、傭兵どもの行動予測も分かっていた。
優秀な戦士でありながらも、忠誠心はない連中だからね。
不利な状況に陥っていないかを、必死に分析しようとしてるわけさ……。
『ぷれいがすと、『かげかせ』をみせて。それを、ぼくはかんぺきにもほうしてあげるから』
「了解した。虚空に対して、それを放ってみせます。ゼファー殿、それを真似てください」
『おっけー。さあ、ぷれいがすと』
「このように、ターゲットを見据え、位置関係を重視しながら……飛ばす」
―――プレイガストは、右手の指を一振りした。
空のなかで呪術の赤いひらめきが、一瞬だけ走ったそうだ。
ソルジェとゼファーには、それが魔眼を通じて見えている。
ふたり以外の目にそれが映ることはないけれど、ジャンは嗅覚で悟れたらしい……。
「そ、空に呪術が、飛んでいきました。あ、あれにぶつけられたら。ボクは、じゅ、呪縛されるかもしれません」
「『狼男』の筋力は強い。無尽蔵の力だ。しかし、『その圧倒的な筋力を逆手に取られたら』。なかなか、恐ろしい点ではあるな」
「イエス。自らの筋力による拘束ならば、ジャンでさえも脱出不可能かもしれないであります」
「そうならないために、魔力のコントロールをしっかりとして備えておくべきだね!」
―――ジャンは『影枷』を無理やり打ち破るかもしれないが、一時的には束縛される。
それでも、すでに『影枷』が何たるかを理解しているミアには無効なのさ。
ミアだけじゃなく、ジャンとノヴァークを除く全員が対処してしまう。
知識というものが、いかに呪術の領域において大切なのかがよく分かるよね……。
『いまのを、まねする。どいつもこいつも、しばられちゃえ!』
―――ゼファーの黄金色の魔眼が、ギラギラと燃える。
『影枷』の呪術の、全方位的な放射の始まりさ。
ヒトの呪術を、竜の魔術で再現しながら数百倍の魔力で拡大して放つ。
『呪いの雨』が戦場全体に、太陽と影を結ぶような角度で空を駆け抜けた……。
「す、すごいや。さすがは、ゼファー。りゅ、竜の魔力で呪術を使うと、こ、こんな範囲を一気に呪えるのか。う、うらやましい」
『そーでしょう。うらやましがるのは、とーぜんだよね』
「う、うん。ぼくも、こ、こういう呪術的な才能があれば……」
「団長、魔眼で傭兵どもの動きを確認するであります」
「ああ。やっているよ。『望遠』の力でな」
―――ミスリルの眼帯越しにも、いつものとおり左眼は有効に機能している。
地上に身を隠す、気配を消している傭兵どもの何人かを魔眼で探っているのさ。
『影枷』はプレイガストの教えの通りに、傭兵の肉体を蝕んでいたよ。
手足の筋肉と神経に、呪いがゆっくりと蓄積していくのがソルジェには見える……。
「いい感じだ。呪術を強めても発動するだろうし……」
『うごいても、かってに、ぎゅーんって、なっちゃう!』
「ぎゅーん、か。すごく、カッコいい響きだね!」
「いまいち、ちびっこケットシーの価値観は分からんね」
「動こうとした瞬間、『つる』というわけであります」
「左様。『影枷』の初動を、ターゲット自身の筋運動に依存するのは、実に効率的であり正しい。ちいさな呪いで、最大の効率の呪いで攻撃可能というわけです」
「武術みたいだね、相手の動きを利用するってカタチ」
「う、うん。嗅覚呪術では、ちょ、ちょっと応用は出来ないかもだけど」
『じゃんは、ほえればいいよ。うたで、のろってあげればいい』
「え、ええ?」
「『巨狼』の咆哮で、敵が竦む様子はいくらでも見たことがある。あの方向に、呪術を込められたら、見た目の迫力と音の威圧が強化してくれる分、効果的に機能するはずだぞ」
「イエス。ジャン、そういう呪術を研究するといいであります」




