第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千十六
―――愛情は残酷さがあるものだ、ノヴァークの恋愛はたぶん成就しない。
非対称性に揺らめく力学は、どんな期待も跳ねのける。
多くの男が、いつの間にか思い知らされてしまう現実があってね。
愛ってなかなか、形になってくれないものさ……。
―――刹那的な覚悟で、どうにか誤魔化しているけれどね。
愛があれば幸せなんて、いらない。
とんでもなくハードな言葉であり、どうにもこうにも生々しかった。
乱世に燃える大陸の上で、愛ってのはいつも確実な重みがなくて不確かだ……。
―――世界をぶっ壊してしまいそうなほど、熱くて重たい愛まであるのに。
軽薄なそれだって、何とも居心地が良かったりするのだから。
シドニア・ジャンパー少尉は、傭兵コルテス兄妹を見つめる。
彼らには戦ってもらうつもりらしい、よりにもよってソルジェとね……。
―――勝てるだろうか、という値踏みはしないことにする。
まともに戦えば、勝てるはずなどないのだから。
しかし、そこは傭兵コルテスだ。
まともに正面からは、戦うつもりがないはずだった……。
「勝ってもらうぞ。ソルジェ・ストラウスに。必勝法が、分かっているんだろう?」
「まあな。大したものじゃない。女を斬れない、そういう特徴を突きたいね」
「つまり、私がソルジェ・ストラウスを殺すってわけね」
「どっちでもいい。ソルジェ・ストラウスを殺せれば、私は、姫さまに顔向けが出来るだろう」
「盲目的な愛だ。アンタの、矛盾した心理の現れだよな。合理的なはずの詐欺師なのに、何で忠誠心がそこまであるのか」
「運命というものがあり、私はそれに率直なだけだ」
「なんて適当な言葉なのかしらね。参考の仕方が、ちょっと分かんないわ」
「運命は絶対ということだろうよ。オレも、信じているぜ、運命っての。『自由同盟』側についていれば、こんなチャンスはなかったからな」
「ソルジェ・ストラウスを殺せば、『最強の傭兵』の座を得られるわ。それってね、私たち兄妹が昔から求めていたもの。貴族にも王族にもなれない、金持ちにだってなれそうにもない私たちが欲しいのは、力を波及させるための『名前』だけ」
「いつまでも傭兵として、生きていくのか」
「そうだよ。少尉には、ちょっと分からないと思う。この暮らしは、とてつもなく楽しいものなんだ。『自由』。素晴らしい感覚だわ。『トゥ・リオーネの地』の全員が、いつか味わってくれたらいいのにね」
「革命を望む者は、いつだって一握りだと知っておくべきだ」
「あらあら。水を差してくれるのね。私、いいこと言ったつもりなのに」
「お前だって、意地悪だろう。ノヴァークを使い、私を揺さぶろうとした」
「被害妄想だねえ。我が妹は、その点を指摘したいわけじゃない。ノヴァーク少年への『愛着』みたいなものは、あるだろうと告げているのさ。愛情なんて、普通のそれは、アンタは持っていない気がするよ」
「怪物あつかいしてくれたまえ。私は、血も涙もない。指揮官のくせに、部下の給与を全て奪い尽くすような女狐だ」
「自虐もキレキレだぜ。アンタみたいな賢い女と話すのは、楽しみだ。だから、ちょっと教えてくれるかな。アンタも、ソルジェ・ストラウス対策を考えて、実行していると思うんだ。オレだけじゃなく、アンタこそが」
「秘密だ。それから察するがいい」
「何かを用意しているとしか、分からないが。どうせ祭祀呪術の類だろう」
「秘密と言ったのは、あらゆる話術の使用を禁止したという意味だ。読唇術も読心術も使うなよ」
「詐欺師のあなたは、どちらも使えるんでしたっけ?」
「会計将校の技巧だ。まあ、少女の時代から使えた気もする。お前もだろう?」
「私はもう少し素直な少女の時代を過ごしたよ。革命家になりたくて、今よりもっと純粋で爆発物みたいだった」
「今も、こいつはそう変わっちゃいない。兄だから、分かる。思い知らされている。オレより怖いヤツは、この土地にはあまりいないんだが。確実に、オレより怖いヤツだぞ」
「そう。いつでも裏切るかも……なんて。もちろん、冗談だからねえ」
「笑えん状況だ。知っているか、お前たち。コルテスという姓に、お前たちのソルジェ・ストラウスは御執心らしい」
「初対面だがね。何もしちゃいない」
「因縁の一つぐらい欲しかった。それがあれば、もうちょっと対策が打てたのに。残念、フクザツさじゃなくて、深刻さで戦うことになる」
「命を捨ててくれたなら、ちゃんと補償するからな」
「何てことを言うんでしょうね、この会計将校殿は」
「間違った発言だとは、思えないんだ。敵は強い。君らよりは、確実に上だ」
「弱いからといって、戦えないわけじゃない。弱いからといって、負けると決まったわけでもない。戦いに、もっと期待してくれ。楽しいモノなんだぞ」




