第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千十五
―――シドニア・ジャンパー少尉に、こちら側の情報を流し続ける。
強制的にね、それは彼女のような情報戦に生きる詐欺師にとって。
それほど居心地がいい状況とは、まったくもって限らない。
盗み聞きだから信じられるんだ、聞かされるなんて胡散臭いものさ……。
―――『傭兵コルテス』たちのとなりで、彼女は悩んでいるだろう。
これはエサのつもりか、それともただの泣き落としに近いものか。
ソルジェや猟兵たちが戦闘のプロフェッショナルである以上、鵜呑みは危険だね。
駆け引きは知性ではなく、感性でも成り立つものだから……。
―――その点で言えば、シドニア・ジャンパー少尉よりも感覚の鋭さがある。
ソルジェに戦いで勝てる者がまずいないのは、感覚で勝てないからだね。
『吸血鬼』に勝てるほどだ、速度を超越する野生みたいな反応を有しているのさ。
最強無敵の詐欺師が相手でも、その有利は崩せないだろうよ……。
「はあ。エサを仕掛けてきたというわけね」
「豪快な戦いを好む男だが、小細工も好きなのか?」
「……知らん。どうすべきだと思う?傭兵コルテスたちよ」
「乗らないことでしょう。さっさと、断ち切るべきね」
「……断ち切るべき、なのは当然ではあるが」
「断ち切れないのか。アンタほどの呪術の使い手であっても、祭祀呪術はやはりコントロールが難しいようだな」
「私とて、完全無欠の呪術師ではない。一般的な呪術師どもと異なり、多忙ではあるのだ」
「そりゃあ、そうだな。あれだけの金や物資を、詐欺ひとつで集めちまうとは」
「ひとつだと?お前は、何を見てきた」
「言葉のあやってヤツだよ。そう絡むな。アンタの仕事の多くに、護衛として付き合わされたんだ。当然、色々と知っちまっているよ」
「ならば、軽はずみな言葉で評価するべきじゃない。兄貴に言い聞かせておけ」
「はいはい。このバカ兄貴、戦闘慣れしていない会計将校殿には、慎重な態度を取りなさいな。大陸最強の敵が、近づいている最中なんだから。落ち着いた行動なんて、取れるわけがないでしょう」
「そうだろうな。少尉殿は、戦慣れしているとまでは言えない」
「会計将校の戦いも、詐欺師や呪術師の戦いも、最前線が仕事場ではないのだ。だが、軽んじるなよ」
「軽んじれるほど弱い飼い主だと思ったら、とっくの昔に殺しちまっているさ」
「ならば、いい」
「根性あるわよね。殺されるかもしれないのに、平然としているわ。私たちの思想は、基本的にアンチ帝国。貴方は敵であるユアンダートの敵だから、私たちが雇われてあげているのだけれど。それって、不安定な関係のはずよね」
「ギブアンドテイクだ。得られるものが、私とつるむと多いだろう」
「ソルジェ・ストラウスも、オレたちに多くをくれるかもしれないんだぞ?」
「『自由同盟』とは蛮族の集まりとはいえ、けっきょくは政治集団の群れなのだ。肥大化してもいる。組織の完成度と、管理体制が整いつつある。お前たちの思惑のすべてを、彼らは叶えてくれると思えるのか?」
―――ボクたちは基本的に仲良しな軍事同盟だけど、対立ゼロとは言い難い。
とくに『プレイレス』周辺は、厄介さがあるよね。
利権が豊かな土地というのは、何とも政治的な火種の宝庫と言える。
イルカルラのドゥーニア姫も、乱世向きの野心家でもあられる……。
「メイウェイあたりに、『トゥ・リオーネの土地』の統一王国を作らせたがっているぞ」
「まあ、それは聞き逃せない情報よね」
「だろうな。君らの目的は、諸都市国家における階級闘争の実施なのだから」
「偉そうな金持ちどもに支配される。そんな状況、いい加減、放置しているのが嫌になってね。間違っているか?」
「政治信条に間違いなどはない。実行可能かどうかだけだ。君らのそれは、『トゥ・リオーネの土地』の都市国家の上流階級が帝国軍に破壊された状態では、普段よりもはるかに達成しやすいだろう」
「貧しい者たちが虐げられるだけの世の中は、間違っているでしょう」
「私の論理においては、革命を成し遂げられたときだけ、君らの思想は正しかったとなる」
「なんだか、ずるいわね。さすがは、詐欺師といったところかしら」
「王族を否定したい。貴族社会を否定したい。それは、姫さまの思想からすれば敵でもある。しかし、場所の問題なのだ」
「対岸の火事なら、関わらなくて済むと」
「まさに、その通りさ。王政や貴族性を私の思想が否定する日はない。それはとても効率的だからだよ。習熟した社会構造を持たない、この未完成な時代においてはね」
「思想家らしさは、貴方も十分にも思うのだけれど」
「気のせいだ。私はただの忠誠心で動いている」
「そうかしらねえ。亡き主君に対しての想いだけでは、とっくになくなっていると思うのだけれど」
「私の忠誠を疑うなどと、無意味な行いだ」
「妹が言っているのは、純度の問題ということだよ。ちょっとずつ、何かしらの思想が混ざっていくものだ。ソルジェ・ストラウスに感化されちまっているのかもしれんぞ」
「私が、あんなアタマの悪そうな男になど」
「遠ざかりたくない相手も、いるんでしょう。貴方も、『女』だもんね」
「ノヴァークのような子供に、本気だとでも?」
「どうかしら。純度の問題よ。あの子は、本当に貴方を愛してはいるのだから。冷静沈着な貴方の心だって、動くまではいかなくても、揺れるぐらいはするかもしれないわ」
「ありえないね。私の愛情も、私の外見的な魅力も。すべては、道具でしかない。よく手入れされた、裏切らない道具だ。私は姫さまへの忠誠心以外では、動かない」




