第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千十三
―――すっかりと、プレイガストはノヴァークに感情移入している。
そのことにソルジェとミアとキュレネイは、気がついていた。
リスクもあるが、いいことでもあるだろう。
それが猟兵的な考え方ではあったね、プレイガストはノヴァークのために来たんだ……。
―――誰もが誰かに他人を見てしまうものでね、失うことが当然の時代らしいかも。
他の時代を生きていないからか、ボクにはこれが至極当然に思えるんだ。
どれだけ多くの命を失って、これからも失うことになるのか。
死が前提のような世界ならば、愛に幸せが結びついていて欲しくもある……。
―――たとえ復讐者プレイガストや、愛に殉じようとしている無力なノヴァークが。
大きな幸せを得られなかったとしても、戦いという自己表現を選ぶのは心地いい。
戦士としては死ぬ意味がそこにあるんだよね、愛のために死ぬなら極上の末路だろう。
何もかもが手に入るとは限らない時代は、シビアだけれど分かりやすい……。
「もしものときは、私が君の呪術を肩代わりしたっていい」
「おい、プレイガスト。オレの魔眼が、死を防ぐ」
「もしものときです。ストラウス卿たちが間に合えば、構わない。だが、私にも感情があるのだ。止まらない感情が」
「息子に見えてるとすれば、勘違いだぜ。オレはアンタのガキじゃない」
「とっくの昔に、私の心は壊れているのだ。見た目で、分かるだろう。長き幽閉、拷問と放置の日々。恨みにすり減る、正気の部分。復讐心だけが、鮮度を持っていた。これは、間違いなく不健全な魂の状態だったよ。手のひらを三十七回は、太い釘が通り抜けた。赤く熱されたそれがね。ああ、痛みも……私の正気に貢献してくれたものだ。生きているんだと実感が可能になる瞬間であり、生きているなら恨まなくちゃ、復讐の怒りを研ぎ澄まさなくちゃ。そう感じられる瞬間だった。間違いなく、こんなものは狂っている」
―――プレイガストのように皇帝からの罰を受けた者の多くは、発狂か死亡した。
生き抜いてみせたのは、見事な精神力であり身体能力であり幸運でもある。
代償はやはり、精神の大きな汚染というものだ。
ボクが拷問をそれほど好まないのは、壊れてしまうからだよ……。
―――壊れてしまった心は、一生をかけても治るとは限らないものだ。
ボクはソルジェよりも医学的な解釈を好む、心の傷は縫い針でもつながらない。
『ルードの狐』として、それだけは理解しているよ。
あまりやらないのは、罪深さと職業倫理ゆえの結果なのさ……。
「作戦として、ひとつの提案です。私の方が、ストラウス卿の役に立つのは確かだ。呪術師としても、数学者としても。ですが、私より彼は健康体であり、若い」
「それだけ、長くオレに貢献できるとでも?」
「左様です。貴方に直接お仕えしなかったとしても、彼は『自由同盟』や、亜人種や『狭間』の地位向上に役に立つ男になるはずだ。それは、私にはやれない。人間族である私には、ハーフ・エルフを救えないのだ」
「いいや。人間族でも救えるぞ。戦士は、そのためにいる」
「敵を、殺すことで、ですね」
「不服かな。プレイガスト、お前は」
「ええ。おっしゃりたいことは分かります。ノヴァークに移入し過ぎてしまっている」
「オレのことなんて、放っておけ」
「難しいんだ。感情の問題であり、ロジカルには制御できない。私が世界に復讐する方法は、ユアンダートを殺すこと。帝国を滅ぼすこと。そして、ユアンダートが否定した妻子らの幸福な日々が、間違いなどではないと証明することだ」
「勝手に、オレを巻き込むなよ。そういう壮大なのも、熱いのも、向いちゃいない」
「私よりは、向いている。それに、どうせ……君よりは長く生きられるわけじゃないんだ」
「命なんて、もらえねえ。他人の命なら、なおさらだ」
「そんな殊勝な言葉を語れるからかね。シドニア・ジャンパーは、君をそばに置いた理由になるかもしれない」
「イケメンだからだ。賢いからでも、ある」
「そこまで魅力的だとは、思えないけれど」
「ノヴァークは詐欺師ですし、信じがたいところもあります。実力が微妙」
「うるせえ、双子ども。ボロボロな評価をするんじゃねーよ」
「私たち、お世辞とか苦手なの」
「真実って、大切だと思うのよね。正しい選択をするためには」
「フフフ。賢い子たちだ。しかし、君らの楽園とは異なり、およそのヒトは感情的な選択をする。賢さだけでは、生きてはいけない程度に、世界はフクザツなんだ」
「それは、分かっているよ。プレイガストさん」
「難しくもあり、嬉しくもあります。『メルカ』はみんなが同じ過ぎて、静かな停滞にあったから」
「愛のたぐいは、合理的ではないものだ、君たちの心に、宿り始めているそれはね。ククリ殿、ククル殿。それに……」
「ノー。乙女の愛について、語るなかれ、老いたる男」
「確かに。そうだね」
―――情緒や感情そのものの発育に、心配がある三人組たち。
彼女たちも人生勉強の最中だよ、プレイガストの家族愛だとか。
ノヴァークの男女愛を、この距離で見ていれば賢い三人も多く学ぶ。
童話や物語の多くでは、愛と幸福が紐づけされているというのにね……。
―――乱世の現実というのは、まったくもって不安定なものだよ。
『ソルジェのための残酷』、キュレネイの愛の形だ。
双子たちはもう少し幼く、家族愛的なものかもしれない。
ソルジェ以外を愛する『未来』は、三人にはないのかもしれないけれど……。
「世界は、不完全なものだ。求める者が生きているのなら、急ぐといい。私は、そんな若い者たちのためになら、死んでやれるが。世界は、本当に、容赦なく奪い去るのだから。私の犠牲だけでは、足りるものじゃない」




