第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千十一
―――自分の腹の奥底を走る大動脈、それに対して『炎』を使う。
魔力の扱いに長けた者たちだからこその、とんでもない荒業だった。
魔眼で正確な位置をレクチャー出来たからこそ、ノヴァークはそれを使える。
極めて難しく、練習なんてやれないけれどね……。
「当然だが、練習なんて真似は不可能だからな。自分で腹の奥を何度も焼き払うなんて、それだけで信じまいかねん」
「死ぬかどうかの極限状態で、正確に魔力をコントロールするってのは……」
「イエス。とてつもなく難しい。練習無しの一発勝負であります」
「まあ、得意な方だからね。どうにか、やってみるよ」
「いい覚悟しているね、ノヴァークちゃん」
「色々と成長させてもらっているのは確かだからな。それに、土壇場で冷静になれっていうのは、あらゆる行いに対しても言える基礎的なものだから」
「ヒトは成長するんだよね。やっぱり、どんどん冒険はさせるべきだよ!」
「教師をしていたときの感覚を、思い出しますね。教え子たちに、ククリは甘くて」
―――おだやかな時間というには、少しだけ不謹慎かもしれない。
何せ、いつノヴァークの腹の底で血管が大爆発するか分からないんだから。
だからこそかもしれない、ノヴァークは考えていたようだ。
死に瀕するほど、日常性がどれだけ尊いものなのかよく分かるようになる……。
―――遺言めいたものまで、してしまっているからね。
ソルジェに対して、残酷さの危険を説くとは。
ありがたいことだよ、この大陸の『未来』に対して。
ソルジェが率いるガルーナが、果たしてどれだけの強国になることか……。
―――北方最大の国家どころでは、済まないかもしれない。
帝国を倒した先の、大陸の覇権をハイランドと競り合うようになるのかも。
日々、成長しているのはソルジェも同じことさ。
戦いだけでなく、政治力学や金融論さえもその身で叩き込まれている……。
―――もともとが帝王学を修めていないだけはあり、成長の余地がある。
『パンジャール猟兵団』の経営者として、ストラウス商会の社長として。
歴戦の将として、ガルーナ貴族の最後の生き残りとして。
このアタマの悪いはずの男は、味方からも敵からも多くを学んでいる……。
―――強大な国家に、新生ガルーナ王国は成長するだろうよ。
それについて、ボクとクラリスは語り合った夜もあるほどだ。
夢あふれる『未来』でもあり、そして統治者らしい懸念もしたものさ。
もしも、ソルジェ率いるガルーナ王国軍と戦ったとき勝てるのか……。
―――答えはかなり分かりやすいもので、ボクとクラリスに相違はない。
もちろん、新生ガルーナ王国軍に勝てるわけがないという意見だ。
ソルジェは『自由同盟』側の戦術も戦略も、末端兵から将レベルまで理解している。
戦闘レポートも逐一届けているけれど、天才的な読解と把握速度をしているんだ……。
―――誰よりも現場を渡り歩かされている将だから、それが武器となっている。
どこの軍の戦士が何を食べ、何を見て何を考えるものなのか。
そんな詳細さで把握している大魔王に、誰がどうやって勝つだろう。
ボクとクラリスは決断したんだ、ソルジェを信じるという道をね……。
―――争えば滅ぼされかねない強国ならば、さっさと仲間に引き入れる。
クラリスが産む子供たちの誰かは、ソルジェの子の誰かに嫁ぐことになるよ。
結婚政策は露骨だけれど、やはり信頼のおける古典的な政治のひとつだった。
ボクはソルジェの親戚になる可能性が、極めて高い男のひとりさ……。
―――嫌な顔をされるとは、思っていない。
考えたとき顔がにやけてしまいそうになるのは、お互い様だから。
友人同士の子が結婚してくれるなら、気楽なものかもしれないだろ。
まあ、親にもなっていない状況では想像の領域を飛び出すことはないけれど……。
『のろいの、あかいいとが……』
「ああ。絡まっているな。不自然な並びと言うべきか」
「きゅ、嗅覚呪術でもそうです。ぐ、ぐるぐると、乱れがある」
「ちゃーんと、戦う準備を向こうはしているんだね」
「会話のすべてを盗み聞きしているかもしれないのは、あちらにとっては考えものだろうに。オレたちがどこまで演技をしているのか、判断なんてつかないのだからな」
「演技ね。そこが、なかなか怖いものだ」
「帝国軍を出し抜いた功績がある。シドニア・ジャンパーよ、聞いているか?」
「……返事はないね。でも、腹の奥で……少し、ざわっとした魔力の乱れがある。もしかしたら、呪術の挙動なのかな、これって……」
「左様。ノヴァークよ、感覚を研ぎすませておきなさい。そうすれば、災いの始まりから対処もやれる。呪術師としての才覚や、経験値は向こうの方が上だろうが、君のハーフ・エルフとしての生来のポテンシャルを使えば……呪いを返すこともやれるのだ」




