第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百九十一
―――メイウェイは優れた軍人だから、自分の言葉もすべて戦術として用いる。
『包囲は、完璧なんだ』。
それを告げることで、帝国兵どもがどんな心理になるかも知り尽くしている。
絶望を、与えるということさ……。
「……学生兵諸君。君らも軍事教練で習っているだろうが、敵をこのように包囲したとき、最も恐ろしいのは『絶望』だ。絶望した敵は、死に物狂いで我々に抗おうとする。だからこそ、『隙間』をあえて残しておくべきだ」
―――メイウェイの言葉を待っていたかのように、レイ・ロッドマン大尉は動く。
指を動かして指示を飛ばし、包囲の陣形を操作したのさ。
敵が南西へと逃れる道の守りを、あえて弱くしている。
こうすれば何が起きるのか、学生兵たちの前で帝国兵どもが実演してくれた……。
「正面から、戦うべきだ。こ、殺されるぐらいなら、大勢を道連れだ!!」
「い、いや。投降するのも……」
「亜人種どもに、屈するのかよ!!」
「死にたくはない。敵に屈するのも、嫌だ。となれば……」
「包囲された敵は、逃げ道を必死に探すものだよ。そこを突き破り、逃げ延びれば死なずに済むからだ。連中に、私と大尉は逃げ道をあたえた。こうすることで、連中は選択肢に幻惑される。全面衝突か、あるいは逃亡か。戦争において、戦術の成否を決めるものは、純度である。彼らは、今、その純度を失おうとしているのだ。正確には、我々が、失わせている」
―――現場での教訓には、敵や味方の血が通っているものさ。
だからこその重みというものがあって、教育に適したものではある。
若い学生兵たちは、実戦と勝利と実績に飢えつつも。
ソルジェとは異なり、恐怖という概念もちゃんと有しているからね……。
「効率的に戦うべきだ。心理や感情というものは、戦場という極限状況では、極めて単調な集約を見せるものだよ。帝国軍より、『自由同盟』は数が少ない。練度のある兵の数も、少ないのだ。だからこそ、若者たちよ。生き延び、賢さを磨いてほしい。若いからといって、君らには老獪さを使いこなせないとは限らないのだ。使える兵士に、いち早く育ち、戦力全体を底上げせねばならない」
―――メイウェイの理性と、『大学半島』の学生兵たちには親和性があった。
経験値というものは、いつでも才能を言語化してくれるものでね。
メイウェイの軍才あふれる言葉に、学生兵たちは理解を示せる。
包囲しすぎれば『圧』が高まるから、抜ける道を用意しておけ……。
「た、戦うべきではないのか!?」
「逃げるべきだろ、犬死には……」
「投降した方がいい。逃げても追いつかれるに決まっているじゃないか」
「落ち着け。これも、敵の策なんだ……ッ」
「戦術というものは不思議でね。罠だと理解していたとしても、ハマってくれるものだ。ヒトは知識だけを信じ切れるものではない。自分の経験も、自分の判断も、極限状態ではいともたやすく疑えるのだ。戦場で注意すべき教訓を、もうひとつ。怯えるべきではない。あらゆる美徳のなかで、戦場で求められる要素がいつでも『勇気』なのは、理性をより良く使うためである」
―――まるで教師だったよ、その態度は学生兵たちにはとてつもなく馴染んだ。
メイウェイは教師を演じたつもりはない、彼本来の資質の結果に過ぎない。
優れた戦士は年を取ると、指導者然としてくるものさ。
剣を抜いたメイウェイは、若者たちに今度は大声で伝える……。
「突撃隊の志願を募ろう!!あのかたくなな帝国兵どもを殺し、捕虜とする勇気のある者があれば、私にその意志を示せ!!陣形を崩さず、前に出て、手に持った武器を掲げるのだ!!」
―――血気盛んな若者たちが、メイウェイの募集に応えてくれる。
剣を抜き放ち、槍を掲げて。
弓を見せつける者もいれば、戦斧を振り回す者もいた。
さまざまな武術と種族の混成部隊、カオスに見せかけた実際は違う……。
―――腕っぷしに自信のある、武術歴のある者たちだよ。
『大学半島』の学生たちの多くが、名家の生まれだからね。
生き延びるために、幼い頃から武術を叩き込まれた者たちも多いのさ。
ひと際鍛えられた者たちだけが、一歩前に踏み出したんだ……。
「こうすることで、強者のみを目立たせる。敵からすれば、軍隊のすべてが強兵ぞろいのように見えるというわけだ。勇気の使い方のひとつとして、この威圧の力も諸君らは学ぶといい。敵軍には絶望をあたえるのだ。過度ではなく、制御された絶望を。連中は逃げ腰になった。仕上げをかけよう。突撃する。私に続いてくれ。敵の全員を、捕縛して情報源、そして人質交換用の捕虜とするぞ」
―――メイウェイは走った、剣を抜き放ったまま。
猟兵並みとまでは言わないが、十二分に達人の動作だったよ。
道場剣術とは異なる、戦場のための動きだ。
駆け回りながら敵を襲う術も、逃げ回る脚も戦場にはいるのさ……。
「と、突撃がくる……っ。む、迎え撃つんだ!?」
「お、オレは逃げるぞ!!付き合ってられない!!」
「……くそ、こ、降伏しようと言っているんだ……っ」
「……やられた。こうまで、連携が乱れていれば、ろくに動けない……メイウェイめ」




