第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その
―――血統に対してのコンプレックスは、誰しも少なからず抱えている。
貴族や王族や騎士の一族なんて、気楽なものではあるよね。
生まれながらにして、自分のアイデンティティってものに揺らぎがない。
家の道具として生きるのも、悪いことじゃないのだから……。
―――迷いがないというのは、生きやすくもあるし死にやすくもあった。
誰しもがそれほどの骨太な哲学を宿していれば、楽なものだろうに。
貧しい生まれのふたりにとって、この不確実性は居心地があまりにも悪い。
いつまで経っても取れやしない、生まれ持っての弱点なのさ……。
―――『使われる側』から、そうじゃない立場に変わりたい。
メイウェイは天才軍人のはずなのに、真のエリートの道から外されたんだ。
帝国からやって来た皇帝派の貴族ごとき、戦で競れば負けるはずもない。
殺し合いに引き込めば、彼はほとんど無敵の偉大な将軍なのだから……。
「わざわざ、政治の駆け引きなどに参加しなければ良かった」
「まあ、そうかもしれん」
「古き雑な時代の王のように、軍勢の力で語り尽くす形が、私のような民草上がりには相応しい。剣と槍に、語らせるのだ」
「そうであれば、お前は負けない」
「乱暴者の統治者になど、なりたくなった。そのせいで、舐められた。次の機会を、私は敵に与えるつもりは毛頭ない。そのためにも、レイ」
「なんだよ、メイウェイ」
「私と同盟を結んでいて欲しい。お前は裏切らない男だ。お前の家族のために闘う、一切の戦士のことを」
「その通り。長くつるんだから、オレがどんなヤツなのかは承知しているらしい」
「たとえ、私がどこの誰とどんな理由で争う日が来たとしても。君の家族の不利にならない戦いをする。少なくとも、全力で志そう。それを約束する」
「得難い価値あるものだな。お前のような軍事的な天才の約束なんて。オレは、知っているんだぜ。この種の約束を、お前は馬鹿正直に守ってくれるだろうと。乱世で、こんな確実なものを見つけられるのは奇跡みてえなもんだ」
「その奇跡の対価を、私にくれないか」
「……忠義を、と?」
「そんな堅苦しいものじゃなくていい。約束だけでいい。私のために、戦ってくれると。私の権力を求めた、ときにあさましい分不相応なまでの欲求に……賛同してくれると、口にするだけでいい。それだけで、君を私は信じられる。地獄のような戦況になったとしても、君を迷わずに戦術に使えるんだ」
「約束する。お前の期待に、応えてやるよ」
「……ありがとう。大きな力を得られた」
「お前、もっと戦力を育てる必要があるな。アーベルだけじゃなく、もっと」
「プレイガスト殿も、欲しいと考えている」
「呪術師の男か。お前に、この村の情報を届けた男……」
「数学者でもある。彼の頭脳の冴え渡ったところを見たよ。欲しくなった。ストラウス卿も、欲しがってはいたが。自らが欲張りすぎていると感じてもいるようだ」
「そいつを、くれると?」
「彼は王族らしい。ガルーナの王、『大魔王』を目指しているからか。その血統ゆえなのか。ほとんど無自覚に、私に『提供』の作法を使ってきた」
「人材を差し出して、忠誠を得ようとしたわけか」
「露骨なものではない。私に、『西』の土地で、王国を作る気はないかと聞いてもきた」
「どう答えたんだ?ソルジェ・ストラウスにとって、一番大切な組織は二つある。自分の傭兵団と、『自由同盟』そのものだ。どちらの組織の害にもならない答え方なら良いのだが」
「弁えてはいるとも。提供された人材に、私は報いるべきだ。今は、まるで彼の部下のように不在を守っている」
「背後からストラウス卿を狙えるポジションだな。それだけ、信じられている」
「信じられることは、責任が伴う。君が先ほどそうだったように。信じ合う同盟関係に組み込まれていくんだ。そのとき、より提供したものが多い方が勝つものだ」
「逆らえなくなる。逆らえば、お前は信用というものを損なうからだな」
「そうだ。血統に頼れない私は、軍事の腕しかない。信用と信頼は、常に敵を殺すことで与えられたリソースだった。政略への弱さを見せたあげく、ドゥーニア姫の部下あつかいになってしまってはいるが」
「あの巨人族の姫さまは、やり手だと聞いている。奴隷たちが創り上げた王国とはいえ、大臣の娘として教育を積んで来たのだろう」
「そうだ。私たちとは異なる。知識と作法を与えられた、豊かな生まれだ」
「勝てなくてもしょうがない相手だ。とくに、『自由同盟』が強い時期においてはな」
「政治力の檻のなかにいるようだ。私が外に出れば、檻のなかに残した……イルカルラに残した部下たちの運命が、悪い方へと急変するかもしれない」
「人質ぐらいは取るだろう。乱世だから、当然ではある。無条件に、人など信じてはならない」
「彼女にとって、私は『道具』だ。上手く操り、軍事的および政治的な敵を始末させたがっている。私は、いつまでも、使われる側にいたくはない」
「オレに任せておけ。お前の願いは、よく伝わったから。だから、今は、政治的なリスクを口走らないようにしろよ」




