第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百八十七
「まるで、貴族生まれのような男の語り口になっているぞ。気づいていないかもしれないが」
「……いいや。気づいているとも。残酷で、欲深な貴族たち。搾取ばかりを考える農園主。子供を人買いに売り渡すような契約を強いてくる業突く張りな金貸し。あいつらと、似ているかもな。今、この瞬間の私は……とてつもなく、欲深い」
「ああ。あまり褒めてやりたくない態度ではある。だが、それだけの欲望に正直になれるのも」
「戦士の特権だ。レイ、私たちはようやく支配階級になれる。飢えのあまりに泥を食うような日もあったはずだ。お前の幼馴染のうち、どれだけの数が餓死で子供のうちに死んだのだ?我々は、そんな悲劇的なくせにありふれている……みじめな弱者の生まれだったはず」
「大勢がガキのままに死んだ。帝国が戦争を始めた最初の時期では、殺されまくった。帝国の兵にも、地元の兵士にも、傭兵や山賊にも、果ては見知らぬ市民にも殺された」
「取るに足らない存在だった。我々は、そんな家畜よりも価値のない身分にいたんだ。安心したい。そうだ、私はまだ、生存競争を強いられている」
「焦んなよ。お前はマルケス・アインウルフ将軍が認めた、最高の軍人だ」
「ナンバー2だった。アインウルフ将軍の影に、私はいつでも追いやられる。それは不満に思ってはいない。将軍は才ある軍人で、貴族の生まれ。私よりも、ずっと格上だからだ」
「正直な感想を口走れている。やってみるものだな、ミーティングも」
「ああ。嫉妬も尊敬も、多くの感情がある。私だって、やはりヒトなのだ。レイ、私は冷静で冷徹で、最高の軍人でいたいと思いつつも……『使われる立場』に、不安を覚えている。戦は好きだ。戦場では苦しみよりも充足を得られる。しかし、それでも、道具のままでは、いつか捨てられるかもしれない。見て来たはずだ。有能な軍人たちが、道具として使い潰されていく様子を」
「貧乏少佐……いや、マイク・クーガー少佐も、まさにそうだった。彼と、一応は同僚の時期がそれなりにあったからだろうか。彼の天才性に、お前を見たぞ」
「似ていると思う。少佐には悪いが、彼も私と同様に優れた戦略家でありながらも、血統の悪さに悩まされた」
「お前は悩まされているかな。いや、悩ませているか」
「王家や貴族の血統である者たちが、とてもうらやましいよ。我々とは異なり、彼らには『由緒』というものがある。歴史書に登場している者たちの、直径なり傍流の末裔たちだ。私たちの先祖は、せいぜい『西の果てから流れ着いた』などの物語が残っていれば、マシな方だ」
「由緒正しさとは、真逆にあるのが民草ってものだろう」
「そうだ。それを苦にするのは、民草出身には過ぎたる感情だろうか」
「そこまで言いたくはない。乱世ならば、民草でさえも王に届くのだから」
「……王になれば、安心を得られるかもしれない。軍人であるよりも、ずっと。私は奪われた。得たはずの王国を、政治的な失策で。亜人種たちとの共存を願った結末が、身内である帝国貴族に権利を奪い取られるという末路を招いた」
「奪い返している、最中だろうよ」
「傲慢な態度だろ。私は、イルカルラの王だと自分を考えていたに違いない」
「実質的な王ではあった。太守とは、そういう意味だ」
「一度、あの立場を知れば。忘れられないのだ。戦がこれほど好きな男なのに、戦から離れた日々が、あまりにも楽しくて……穏やかだったんだ。人生で、あんな感覚を得られた日々はない。毎朝、目を覚ましても、剣や槍に手を伸ばさないでいた」
「それは、分かるよ。オレも鋼を手に取らないでいられる日は、人生最良の時間だと思う。オレたちは、きっと」
「年を取ったのだろう。戦場の渦巻くような熱気を、思い切り吸い込んで暴れる。それだけで満たされていた若さは、もう失ったんだ。弱くなっていく。だから、王になれる機会も減っていく。私はみじめな小作農でも、奴隷でも、名もなき一兵卒に戻りたくはない」
「ああ、オレもさ」
「……すまないな、レイ。こんな無様な感情を、口走ってしまって」
「いいさ。正直に語り合える時間も、オレたちには必要なんだ」
「私が裏切り者かどうか、見切るためにか」
「お前は『今回は裏切らない』。それだけは確かだ。お前が自ら、オレに教えてくれた」
「王になりたい。乱世の軍人ならば、当然の権利なはず……貴族の生まれならば、この野心を抱くことに罪深さを持たずにいられるのだろうか」
「かもしれねえ。オレたちが、もしも貴族生まれなら。領土を得る戦に、民草の悲鳴を感じないかもな」
「私は、いまだに聞こえるよ。軍人としての略奪行為や、街並みの破壊をしたときの悲鳴を。アインウルフ将軍も、葛藤などしておられなかった。ああいう能力は、おそらくは生まれの力なんだ。私は、きっと、それが欲しいんだ。常に上位の存在として振る舞っていられる地位が」
「乱世らしくて、いいじゃねえか。オレは歓迎するぞ、お前が王になったときは」




