第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百八十五
―――仕えるべき主君を得られる、それは乱世においては究極の幸福の一つだ。
戦って死ぬことに意味を持てるなんて、死がありふれている時代にはありがたい。
アーベルもいつか誰かに忠誠を捧げるのだろう、レイオーン家再興のために。
クラリスに仕えてくれるのもいいよ、ガルーナ王国が嫌ならね……。
―――まあ、この『トゥ・リオーネの地』において興る国もあるかもしれない。
メイウェイがいるからね、彼ならば王国の一つぐらい得られる。
漁村の周りに軍用テントを建たせながら、メイウェイは懐かしんでいた。
いくつもの国を巡り、第六師団の兵士として勝利と侵略を果たす日々を……。
―――帝国は属国を許すことも多く、人間族の小王国は存続を許されもした。
帝国軍という外圧にさらされた結果、無数に分裂することも多くあったけれど。
分裂すれば親・帝国と、『そうでない派閥』が誕生することになるので。
結果的にその『新たな敵』を叩き潰せば、帝国の領地は広がっていくのさ……。
―――統治のための学問なんて、メイウェイは習っちゃいないけれど。
帝国に再編される国々を見届けてきた経験が、知識となってくれている。
戦を利用して、多くの富や土地や国さえも獲得していく光景の数々。
今は明らかに絶好の機会だった、『ソルジェを裏切れば王になれるかも』……。
―――信頼されることを好むのは、誠実さゆえのことだった。
しかし、乱世ではそれよりも裏切りの力の方がずっと大きくもある。
もしも、メイウェイが善良な魂の持ち主でなかったとすれば。
ここらで反乱や裏切りのひとつでも、繰り出していただろう……。
「よう、メイウェイ」
「……やあ。レイ・ロッドマン大尉。進捗は、どうだね?」
「最高に調子がいい。ロロカ・シャーネル嬢は、陸の兵站だけでなく、海路のそれも詳しいと来た」
「『ストラウス商会』を大きくしている、実質の経営者」
「女狐シドニア・ジャンパーよりも、賢い可能性があるぜ」
「まともな商売と、詐欺を同列に語ってはいけない」
「そうだな。どうにも、貧乏人出身なもので。羽振りのいいヤツには、警戒心が高まっちまう。商人は、あまり好きではない。どうしてなのかは、昔、教えてやったよな」
「裏切るからだね。覚えているよ、レイ」
「利益のためだけに生きていると、どいつもこいつもそのうち裏切りやがる。何度、それで窮地に陥ったことか。部下に裏切られて、殺されかけてからまだ二週間も経っちゃいない」
「だから、確認しに来たのかな」
「まあな。さっき、ストラウス卿が出て行った。竜が喜んでいる。あいつはご主人様を背中に乗せたときが、何だかんだでいちばんワクワクしちまうんだろう」
「激戦になると、予想するのさ」
「若い戦士のようだ。いや、実際、そうらしいがな。あの巨体で、ガキなんだとよ」
「……レイ。私は、裏切るつもりはないよ。今回は」
「ああ。素直なヤツだよな。『今回は』だってよ」
「乱世だ。どんなことが起きるか、誰にも予測は出来ない。私だって、これだけの戦力を指揮するチャンスがいきなり巡ってくるとは、思ってもいなかった」
「本でも読んでたか?貧乏少佐の遺した知恵は、お前には相性が良さそうだった」
「兵站と防御の達人。私は、どちらかと言えば攻める方が得意だが」
「補える。貧乏少佐は、天才軍人だったからな。お前とは芸風が違っているだけで。だが、違った芸風を学べば、お前はより完璧になれる」
「それほど単純なものでも、ないだろう」
「そうだ。たしかに、単純ではない。だから、ちょっとだけ不安でもあった」
「私が裏切ると思うか?少なくとも、ストラウス卿はそう考えてはいない……いないが」
「裏切れば、この精強な軍も崩壊させられるからな。若い連中も多くて、そいつらを巻き込んだのは、オレでもある」
「どの若者の命にまで、君が責任を負うことはないと思うが」
「あるさ。父親やっていると、そういう気持ちも芽吹く。どいつもこいつも、ガキだ。うちのガキよりは年上なだけで、けっきょくは、まだガキみたいなもんだ。死なせたくない」
「……私もだよ。今日日のような乱世では、難儀な性格をしているな」
「かもしれん。だから、もしも……」
「私が裏切ろうとしたら、君が自主的に殺すわけか」
「したくはない。しかし、まあ、お前を殺せるヤツは限られるからな。軍を動かす力を与えちまえば、オレには討てなくなる。指揮能力では勝てん。オレは、基本的にゲリラ屋でしかないからな」
「警戒能力では、私よりはるか上だよ」
「数少ない得意分野だ。他には、ああ、暗殺の腕前あたりだな」
「裏切りはしないよ。私は、亜人種と敵対したいわけじゃない」
「嬉しい言葉だ。亜人種と結婚した男からすれば、ほんとうにすがりたくなる言葉だ」
「……私の方こそ、君にすがりたくなる」
「だろうな。オレがいれば、お前は裏切りの欲望に耐えられる。見抜かれると、分かっているからだ。『プレイレス』の都市国家の議員どもから、お前にスカウトが来ていたとか。その倍は、帝国からの声かけもありそうだとか。まあ、それぐらいは見抜いてやれる」
「今はそこまで来ちゃいないよ。ドゥーニア姫に、私の情報網は解体された」
「情報網は雑草みたいなものだ。『いい土地』には、いつの間にか生い茂っている」
「評価してくれるのは、ありがたい」
「こちらこそだ。オレを信じてくれているからこそ、お前は冷静でいられる。帝国へ戻ることを望んだ瞬間だって、何度もあるだろうに」
「……お互い様とは、言えない分野だね」
「妻子を守るためには、もはや『自由同盟』に勝利してもらうしかない。帝国への帰還を望めるような立場ではないのさ。お前とは、そこが大きく違う」
「……ああ。そうだね。私は人間族だ。妻も子もいない。ストラウス卿は私を信じ、評価してくれている。だが、それは……帝国軍だって同じだった」
「それでも、『今回は』裏切らないでくれるわけだ」
「ああ。私は、こちら側でも、国を得られるかもしれないからね」




