第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百八十四
「不帰の、突撃の剣……」
「……アンタが期待する結果は、無数の命をそういう使い方をすることでしか達成されない。皇帝ユアンダートを守る猛者は、数多いだろう」
「そうですな。ですが、願わずにはいられない。たとえ、この大陸が若さのある赤い血で汚れたとしても」
「だろうな。そいつを、もう、否定はしないよ」
―――けっきょくのところ、戦争で勝つ以外にどの正義が最強なのか。
それを決める方法なんて、人類は今のところ持ち合わせちゃいない。
殺すことで得られるのが平和と正義、我々は因果なイキモノなのだよ。
老人はその性質を噛みしめる、復讐の正義はあまりにも純度があった……。
―――奪われた者だけが主張可能な正義があって、それの最たるものが復讐だ。
不帰の突撃の果てに、誰もが帰らなかったとしても。
老人はユアンダートの死体が転がっていれば、となりにアーベルの死体があっても。
悲しむこと以上に、歓喜に魂が震えてしまうだろう……。
「その果てに、成し遂げられるものが多く見える」
「かもしれない。皇帝ユアンダートが消えれば……亜人種にとって、生きやすい世の中が生まれるかも。少なくとも、現状よりは、はるかに……」
「『大魔王』と呼ばれる方が、統治する世の中になるのかも」
「よせよ。あいつは、どこの国も王でもない。将軍なのかどうかも、微妙だぞ」
―――ソルジェは『自由同盟』の中心的な人物だが、将軍かは不明だね。
まあ、施設軍隊を有している時点で将軍と言い張っても間違いではないか。
『バガボンド』はガルーナ王国軍の『ひな形』、しかし正規軍でもない。
ソルジェは貴族であり王族の血も引いてはいるが、ガルーナは滅びたまま……。
「権力とか、地位ってものは。すごく面倒なものだろ。正統性に陰りがあれば、それだけで非難の対象にさえなっちまう」
「乱世の英雄は、王にだってなれるのでは?」
「……その可能性はあるけど、確実とも言えない。ソルジェ・ストラウスが『大魔王』と呼ばれていたとしても……つまり、『亜人種たちの王』と呼ばれたとしても。公式な役割じゃないさ」
「だが、『王なき土地』の倫理では、民が王を決める。乱世の論理も、遠からずだろう。皇帝ユアンダートを誰が殺そうとも……次に作られる世の中の中心には、あのお方がおられるのでは?」
「……政治のハナシは、嫌いでね。不確定過ぎるし、嘘くさいことばかり起きる」
「……たしかに。だが、君は生きるべき未来を考えておくべきだよ」
「不帰の剣を完成させたばかりなんだがな。『流星剣』に後退の文字はない。すべてを推進力に変えて、前に前に進むだけ。自分だって燃やし尽くしながら。オレの出せた、最高の答えは、そういうものだ」
「不帰であり、不退の剣だと」
「オレが死んだとて、世の中には何も変化はない。だから、オレは……おそらく……」
「おそらく?なにか、言いたくなさそうな沈黙に思える」
「その通りさ。秘密にしてくれるなら、アンタには教えてやれるよ。オレが、今、どんなむかつく考えに思い至ってしまったのかをな」
「では、ぜひ。私は口が軽いなどと、誰かに言われた日はない」
「……オレは、思っちまった。むかつくが。オレは……おそらく、もしも、自分か、ソルジェ・ストラウスの命を選ぶような状態に陥ったなら……」
「ストラウス卿の命を、選ぶと」
「……オレは、あいつのこと、大嫌いなんだ。バハルさまの……仇……いや、死んでおられたから、何とも言い難いのだが……ああ、とにかく。養父である方を、倒した男があの赤毛野郎だ」
「それでも、考えてしまったと」
「すごく、イヤな考えだが。そうだった。オレでは、世界は変えられない。何の血の力がない。レイオーン家を名乗り、継ぐつもりだが。それは、ソルジェ・ストラウスが正式な将軍でも王でもないことよりも、もっと、ずっと、あやふやなものなんだ。だから、亜人種やハーフ・エルフのためになる選択とすれば……オレがあいつを庇って死ぬ方が、価値がある」
―――アーベルは強力な知性と理性の持ち主だね、自分をそこまで客観視するなんて。
十七才にしては、ずいぶんと賢いものだよ。
騎士という主君に仕える者の性質が、バハルから強く継承されたせいかも。
アーベルもまた、誰か仕えるに値する価値を探している少年ではある……。
「……やはり、何か未来を求められた方がいい。その判断は、おそらく私も含め、亜人種のすべてが喜ぶだろう。だとしても、君の犠牲を喜ぶような状態は避けたいのだ」
「不帰の覚悟がなければ、届かないんだぞ」
「それでも、です。生きることで得られる未来を、考えて欲しい。その剣に宿した力は、きっと君を守ってもくれるはずなのだから」
「……死にたくはない。だが、命の使い方を決めておいた方が、もしものときに迷わず動けるから、楽だと思うんだ。未来なんて背負わない方が、きっと、そのときの攻めは切れ味がいいぞ。それなのに……」
「ストラウス卿のもとで、正式な騎士となる。そういう野心を抱かれては?」
「……絶対、イヤだ」
「ならば、他国でもよろしい。どこかの国で、騎士になるのです。貴方が仕えるべき王なり女王なりを見つけ出して」
「まあ、それなら一考の価値はある」




