第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百五十七
―――『ゴルメゾア』の一部が膨れ上がり、フリジアを抱き込んでいた。
その速度は鋭くて、一瞬のうちに捕獲は完了する。
ソルジェは出遅れたわけじゃなく、フリジアがあまりにも無抵抗過ぎたんだ。
彼女は『ゴルメゾア』に取り込まれることを、望んでもいたからね……。
「そばに、いてやるぞ」
―――骨格のあちこちが軋んで、骨にヒビが入っていく。
それはとてつもない苦痛のはずだけど、耐えているんだよ。
『彼』にも、その事実は伝わる。
感触は多くを教えてくれるものだから、誤魔化せない……。
―――『ゴルメゾア』に潰されるように、壊されていくフリジアの骨。
そこまで痛めつけるつもりは、『彼』にはなかったけれど。
ソルジェに救助されるよりも早くに、捕縛しなければならない。
謝罪を重ねたくなってしまう、フリジアは微笑んでいたからなおさらに……。
―――強い子だったし、やさしい子だった。
レナス・アップルの人生を、抱きしめてくれる可能性がある数少ない優れた人物だ。
運命は刺々しく、忌まわしく。
『彼』に痛みと後悔を、与えてくるものだった……。
―――きっと、後悔するぞ。
『彼』はそれも理解している、自分の身が傷つけられる以上に痛いから。
フリジアを利用し苦しめているなんて、きっと間違いの一種だ。
言い訳をしたくなるのが、後悔の兆しだと『彼』は思った……。
―――正当な理由は、もちろんある。
女神イースのために、すべてを捧げるだけ。
それを叫びたくなったけれど、同時に言い訳をすべきじゃないとも感じた。
苦しみの過去に、『彼』は悲しみではなく怒りで応じてきた……。
―――悲しみは、甘えだと思う。
言い訳は、甘えなのだ。
痛みと苦しみを、相手に分かってもらおうなどと。
今はそれが卑劣な行いのように感じるし、自分の行動は怒りであるべきだと信じた……。
『燃え尽きるんだ。理解して欲しいわけじゃない。成し遂げる。この怒りに、意味ある正しさを与えるんだ』
―――ぎゅっと、フリジアを握りしめた。
『ゴルメゾア』のうごめく肉に包まれて、骨の亀裂が深まって。
肌も肉も傷つけられて裂けてしまい、あたたかな血があふれる。
命そのものを『彼』は感じ、初めての殺人を思い出した……。
―――女神のために捧げた、初めての殺人。
それと同じぐらい、自分を永遠に変えてしまうような気がしている。
良きように、あるいは悪いように。
判断をつける余地など、微笑み続けるフリジアの前にはない……。
「そうだ。好きに、するといい……ソルジェ・ストラウス……私を、気にするな。やるべきことをするんだ……見捨てて、いい」
―――それも、不可能だった。
ソルジェが攻撃をしてこないことに、『彼』はつけ込む。
『ゴルメゾア』を羽ばたかせて、宙に舞ったんだ。
ゼファーも素早く、追いかけてくれる……。
「フリジア!!ストラウス卿、フリジアを助けて!!!」
―――悲痛なビビアナの叫びに、応えてやるべき言葉がない。
交渉のために、手札を隠したいとソルジェは考えていたから。
だけど、そもそもすでに読まれている。
ソルジェはフリジアを見捨てることは、できないんだと……。
―――だからといって、状況は最悪というわけでもない。
『ゴルメゾア』の背に、ソルジェは飛びついているんだ。
このまま女神イースに合流されても、構わない。
ソルジェもゼファーも、ミアとルルーシロアに合流できるのだから……。
―――ポーカーフェイスが、必要とされる状況だ。
無言になり、可能ならば何かしらの表情を演技するべきだった。
ビビアナなら、上手くやれたかもしれない。
だが、ソルジェの無表情は演技として上出来じゃなかった……。
―――無数の目玉が、ソルジェを観察して評価していく。
戦場とは異なる、暗殺者の修羅場。
それらに鍛え上げられた目線は、きちんとソルジェの演技を見破っていた。
幼い頃から舞台で歌って来たような、生粋の表現者の観察能力には勝てない……。
『悪くない状況だ、そう考えているんだな、ソルジェ・ストラウス。無表情でいるなんて、自分を隠すための手段としては、それほど優れているものじゃない』
「沈黙は、多くを語るとでも?」
『狡猾な戦士だ。それでも、人間関係に縛られてしまう。それが、弱さだ』
「どうかな。孤独であるよりも、強いはずだぞ」
『……ああ。そうかもしれない。ひとりぼっちは、辛いから』
「バレているなら、言ってやる。フリジアを返せ」
『応じるとでも、思っているのか?』
「ああ。オレが彼女を見捨てられないのと、同じだろ。殺したくないはずだ」
『どうして、そう思える?』
「態度で分かる。戦闘ってのは、コミュニケーションだからな。お前は、その子が大切なんだ。命がけで、そばにいてくれようとしている」
『情に、ほだされるとでも?個人的な思惑を超えた、大きな立場で物事を見ているんだ』
「使命のためなら感情だって戦士は殺せるさ。でも、今は違う」
『……何もかもを、得られはしないよ。多くを失ったんだ。『ボク』もだけど、お前もだろ?』
「そうだな。『家族』も失った。国も滅ぼされた」
『そういう痛みが、怒りを呼ぶ。怒りは、理解してもらいたいわけじゃない。炎のように焼き尽くすだけ』
「今のお前は、もう怒っていないだろ」
『……知った風に……分かったようなことを、言うな』
「図星だから、怒るのさ」
『…………怒りよりも、もっと、厄介な感情がある……見て。この高さだ』
「もうすぐ、女神イースのところだな」
『いいや。そっちじゃない。意図的に、上を意識させたいの?』
「それほど、アタマがいいヤツじゃない」
『でも。戦闘はコミュニケーション/探り合い、だろ』
「よりマシな戦いをしたい。人質なんて、使うなよ。こうなったら。チーム女神と、チーム猟兵で、正々堂々、殺し合おうじゃないか」
『意識して欲しいのは、下だ』
「……夏の暑さに、揺らぐ街並み。お前らが壊した。まあ、オレたちも少し」
『落ちたら、どう考えても死ぬ高さだな』
「……ああ。そうなる」
『こっちの手が、読めたか?』
「やめておけ。後悔するぞ。脅しでもない。ただの善意からの忠告だ。後悔なんて、したくないだろ。数え切れないほど、してきたはずだ。増やすことはない」
『……もう、し始めている。だけど、言い訳はしない。甘えたりはしない。女神イースの戦士になる。世界を、ずっと良くするんだ。どんな痛みも、罪も。恐れはしない』
「……そうか。なら、やってみろ。付き合ってやる」
『ああ。期待している。腕も脚も、動かない少女を……見捨てるようなクズじゃないってことに。助けてみせろよ、ソルジェ・ストラウス!!』
―――『ゴルメゾア』が動き、その身の一部を切り捨てていた。
切り捨てられて、落ちていくその部分にフリジアは含まれている。
ゼファーなら反応できるだろうが、フリジアはしがみつけないかもしれない。
『彼』の期待に、竜騎士は反応していた……。
「待ってろ、フリジア!!オレが、助けてやる!!」




