第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四十九
時代が。
ゆっくりと過ぎて行く。
『蟲の教団』は地下へと潜ることになった。『オルテガ』は多くの王国や武装集団が支配することになり、彼らはほとんどの場合で、支配者となった者たちの宗教と対立していたからだ。
はるか南から、ルチアたちの先祖がやって来て、指導者たちの暗殺を行うこともある。彼らも『ギルガレア』を取り戻したかったはずだし、そもそも『ギルガレア』は一つに戻りたかったからだ。
今となっては、『蟲の教団』に同調しているものの……。
仲良くはなれなかった。
千年近く、度々、攻撃は続いたし。『蟲の教団』が反撃を行うこともあった。自分たちが暗殺者を送ることもあれば、その時代の『オルテガ』の支配者とのあいだにつながりがあれば、この支配者たちが兵隊を派遣することもあった。
むろん。
代理戦争の主役は、いつの時代もオレたちのような傭兵だ。金のために、敵を殺すことを是とする。戦士としての職業倫理を全うすることさえやれない、悪質な傭兵を使うこともあった。
完全な勝利を果たすことは難しいが、憎しみを晴らすためだけのときには、悪質な傭兵も役に立ってしまう。戦略的に無意味な残酷は、復讐心だけを満たした。
為政者たちは、多くの場合、この秘密主義な宗教の宗派闘争に興味なんて持てない。『ギルガレア』の真の力は、秘密にされていたからだ。『罰を与える』という力を、『世界を創り返る力』だと認識する者は、あまりにも少ない。
契約の神さま。
『きちんと対価に応えてしまう神さま』は、あくまで罪と罰を成す呪術のために使われるべきだった。
その法則に隠れた効果を読み解いてしまった者がいたせいで、千年もかけて生贄を捧げ続けることになる。
千年かけて、育ったあげく、今の世になって完成したわけだ。
「―――怖がることはない。いつか、私たちは復活し、救われるのだ。全ての意志は、蟲へと融ける。我々の孤独は、群れ成す蟲となり、いつの日か一つに昇華されていく。融け合った我々に、孤独の苦しみはない。無欠の世界が、きちんと訪れるのだ」
指導者たちは、そう言った。
『蟲の教団』が隆盛を誇ることはなかったが、頼る者たちは尽きることがない。歴史の表舞台から消え去っても、細々とだが、着実に。信者を集めていた。
蟲に記憶を捧げて。
蟲に面影を残して。
いつか、蟲で編まれた新たな世界に、自分たちの魂を届けたいと願った。
……甘い薔薇の香りがする、不滅の世界を創り上げて、永遠に完璧な人生を送る。
現実逃避の究極だな。
それでも、現実で願いを叶えられず、孤独の深淵に堕ちてしまった者たちには、慰めとなったのかもしれん。自分自身の記憶の面影が。残骸だったとしても、それが永遠を得るのであれば……まして、永遠に幸せな日々を、その残骸でも自分の一部が受けられるなら。
良しとした。
「―――失い続けることに、疲れたのです。私たちは、あまりにも多くを失いました。子供たちは、もう残っていません。敵に狩られて。復讐の旅に出た夫も死にました。村は焼かれて……もう、未来なんて、ないのです。だから、せめて……家族の遺骨も、蟲に捧げて。いつか、遠い未来で」
……悲惨な者でなければ。
ここまでの神頼みはしない。無数の悲劇の集積が、不滅の薔薇を編んでいった。
彼女とおなじように。
あるいは、オレと同じように。
誰もが、死んだ『家族』との再会を望むものだろう。ガルーナが滅んだあの日の戦で、オレも死んでいたら……あの世で、ベリウス陛下にお仕えした。『家族』の全員でね。そういう願いは、やっぱりあるものだ。
酷い火傷を負ったケットシー族の女が、オレをにらむ。
「―――それなのに、貴方は奪うというのですか?」
記憶を見せられるだけじゃなくて、記憶から話しかけられもするらしい。『ギルガレア』は、そうすればオレを『説得』できると考えているようだ。
「その通りだ。君らの願いを叶えれば、オレが守らなければならない者が死ぬ。一人でも多くを守りたいんだよ」
「そう。私が、夫と、子供たちと幸せになるのを、妨げたいのね」
「……結果として、そうなる」
「なら。私のことを、斬ればいい。不幸な私を、その大きな剣で、斬りなさい」
「……やりたくは、ないね」
「卑怯な臆病者ね」
「そう罵られることには、慣れちゃいない。それでも、斬りたくはない。君は、幻に過ぎないから。大昔に生きた、不幸な人々の面影でしかない。斬ろうが、斬るまいが、何も変わらない」
「ずっと待っていたのに。願いを、叶えてくれないと。『ギルガレア』さまを殺して、悲しい死者たちが幸せになるための道を、奪うのね」
「生きている者の方が、死者よりも大切だと、オレは思うんだよ。死者を軽んじたくはないが、それでも……生きている者を、選びたい」
「哀れな者を、見捨てるのね。貴方の、妹のことも……見捨てるのね」
ああ。クソ。『ギルガレア』め。やっぱり、やるのか。
「私たち死者が、面影?ただの、残骸?死者を捨てて、生者を選ぶ?……ねえ。愛って。愛って。死んじゃったぐらいで、終わるの?……『あにさま』」
姿が変わった。
世界が変わった。
いつの間にか、ここは『オルテガ』じゃなくなって、ガルーナの……オレの生まれ育った家がある、故郷の中心だ。そして、燃え落ちて行く竜教会のなかに……真っ赤に燃えて暴れる猛火のなかに、セシルがいた。




