第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四十八
―――世界が融けて、とろけて、ぐねぐねとうねった。
古い街並みある。まだ、それほど複雑ではないが……地形で分かったよ。『オルテガ』が作られようとしている。
千年前か。
『蟲の教団』たちの姿だろうか……迷宮都市に、まだなりかけの『オルテガ』に向けて、傷ついてボロボロの姿のエルフたちと、他の種族の者たちが手を取り合って進んでいる。誰もが貧相で、誰もが不幸を抱えている表情をしていた。
戦いがあったのだろう。
『古王朝』が滅びてから、それほど時代が移り変わっていない頃だからか。中海の周辺地域での戦も頻発していたのかもしれん。大国が消えるということは、そうなる。誰かの権力が弱まれば、土地に付け入るための隙が生まれてしまうからだ。
困ったことに。
人は権力を行使したがる。
心地良いからだよ。それを『権利』だと認識して、振りかざさずにはいられなくなる。誰だって、そうだ。少なくとも、歴史上の権力者だった連中の大半はそうだ。
ガルフが教えてくれた通り。
権力と、金のため。その二つの理由以外に、争いは起きない。『古王朝』が消え去ったことで、交易の拠点でもある『オルテガ』の周辺には戦がやって来た。
『蟲の教団』が生まれたのは、そんな時代だったらしい。
戦いが、あまりにも多く続き、南のエルフたちにも戦禍は及んだ。
戦いは、残酷でもあるからね。オレがセシルを失ったように、おふくろを失ったように、ガルーナそのものを失ったように……多くを、誰もが失い続ける時代に、森のエルフの一部は嘆き、不安に陥り、多くの者が、真の孤独を味わった。
雨の降るなかを一人。
ガルーナの土を幽鬼のような弱さで踏みながら、さ迷い続けた男がいるように。
旧い時代のこいつらも、『オルテガ』を目指して歩いていた。
「私たちを、認めてくれとは言わない……罰してくれてもいい。神々の一人の半身を、私たちは連れ去ったようなものだから」
エルフの指導者は、目の周りをくぼませていた。長い不眠でも抱えているのかもしれないし、心の奥底に巣食った孤独が、あまりにも大きいのかもしれない。
震える腕には、多くの入れ墨があった。勇ましい伝説を刻むことも多いが、彼の日焼けした痩せ腕に刻まれているのは、名前たち。墨のにじみが同じだったから、おそらく、同じ時期に失ったのだろう。
女の名前もあった。
男の名前もあった。
戦いに巻き込まれて、全員が同時に死んだのだろう。葬送のための入れ墨だった。死者の名前たちを、長旅に疲れ果て、乾いた腕が撫でる。
大切そうに名前を呼んでいた。目の奥の闇は、どこまでも深くてね。孤独の大きさが、彼に狂人のような笑顔を与えるのだ。
震えるのどが。
しわがれた声が。
……『オルテガ』に向かいながら、歩く。
……男の目の前に、小さな少女が転がっていた。
セシルのような年齢で、彼女は痩せこけて、背に矢を浴びている。ドワーフの少女だ。細くなって、今にも死にそうだ。
男は、誰かの名前を呼んでいた。歩く、走る、こけて、這いずり、また立って、自分の娘じゃないのに、飛びつくように抱き着いた。
「ああ、ああ……かわいそうに……かわいそうに……戦に巻き込まれて、矢を撃たれたか。『オルテガ』でも、長らく戦が続いていたのか……ここならば、我々を、受け入れてくれると思っていたが……」
死にそうな少女に、男は必死の手当をする。周りにも、頼った。
「手助けを、してくれないか……っ」
皆が、とっくの昔に限界だから。強いるような願いを、指導者である男もすることが出来なかった。
泣きそうになる。
見捨てる者たちも、そうだ。見捨てられる者たちも、そうだ。
歩いていく。乾いた足音が、弱り切っている少女を……見捨てることが合理的だと、その場の全ての者に語っていた。
それでも。
やさしさというものは、予想外のことを差し出してくれる。一切れのパンと、薬液の入った瓶だ。中年の女が、細めた瞳をしながら、男に手渡していた。
うなずいて。
受け取る。
「ありがとう。すまない……君も、苦しいだろうに」
「……ええ。そうですよ、教主さま……でも……でも……」
泣きじゃくり始める。
記憶のせいで、泣かされることはあるものだ。彼女の腕には入れ墨の葬列はないけれど、大なり小なり、失っているのだろう。
この集団は、そもそも、失っているから『ギルガレア』に頼ろうとしたのだ。神々のなかから、たった一人の神さまを選んで。
孤独を、癒してくれる神さまを探して、頼ろうとした。
願いも、祈りも。
痛みと苦しみの奥底から、生まれるものだ。
必死に治療をしたが、ドワーフの少女は助からなかった。一口だけでも、飢えた口がパンを噛めたのは、良いことだったのだろうか。
泣いていた。
男が、泣きながらも穴を掘り、少女をそこに埋めたあとで。
思い切り空に叫ぶ。
「……こんな、こんなことばかり起こる世界から!!我々を、救い出してください!!『ギルガレア』さま!!どれだけ、失えばいいんだ!!どれだけ、どれだけ……ッ」
名前を呼んだ。
あまりにも、多くの名前を呼びながら。
弔いのために泥だらけになった腕を、太陽を殴りつけるようにぶん回した。




