第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四十四
「それが、お前の完全な姿か?」
『『それ以上』だよ』
『ギルガレア』は両腕を広げながら語った。
冗談だとは感じられない。この神さまが冗談を口にするような性格じゃないことも知っているし、その身から放つ殺気の深さは、尋常ならざる巨大さではある。
まともな戦士ならば、恐怖で吐いちまうかもしれん程度には、濃密で明白なプレッシャーを浴びせて来ていた。
『完全以上の力となっている。半身への祈りの全てを、受け入れたからだ。お前たちと敵対することも選び……純度が増している』
「裏切りは、許しません……ッ」
ルチアの声が震えていた。『ギルガレア』の強まった神格に気圧されている。それでも、震えた腕で矢を放つものの、勢いも足りず、角度も甘い。『ギルガレア』は蟲の形となった右腕を振り抜いて、矢を叩き壊した。
『ルチアよ。より明確な殺意を使うといい。こちらも、それを行うのだから』
「……ッ!!」
「来るよ!!」
『……は、や―――い!?』
『蝶』とは、次元の違う動きだった。というか、速さだけではない。『ギルガレア』は加速しながら真っ直ぐに迫って来ていたはずなのにな。一瞬、紫色の輝きをまとったかと思えば、姿を消している。
「う、後ろです!!」
ジャンの嗅覚のおかげで、気取る前に鉄靴を動かせた。背後を取られるなど、たまったものではない。こちらも鋭く旋回することで、『ギルガレア』を右の視界に捉える。
『よく反応する。さすがだ』
「……速いだけでは、ありませんでしたわ」
「は、はい。あ、あいつ。い、いきなり後ろにいました!」
「『不滅の薔薇の世界』の出入り口と、似たような力ってことかよ」
『賢いことだ。その通り。世界のあるべきつながりを越えて、飛ぶことが可能だ。一瞬のうちにな。『不滅の薔薇の世界』で戦う限り、速さで負けることはない。速さそのものでは、ないのだから』
空間を一瞬で飛び越える権能。空を飛ぶことでもなければ、速さでもない。厄介な力だが、それだけに……ワクワクするのも戦士の悪癖だ。
『笑うとはな』
「猟兵で、竜騎士だからな」
「ストラウスさん家はね、おっちゃんみたいに強い敵にワクワクするんだよ」
『心が踊るか。悪いが……楽しませるつもりはない。こちらも、勝たねばならん。大切にしたい絆は数多いが……最優先すべき祈りは、見つけたのだから』
「挑むがいい。敵に挑む権利は、誰にでもある」
『いさぎよいことだ。戦士は、かくあるべきか』
神さまも笑った。ストラウス兄妹と全くもって同じ質の笑みだったよ。牙を見せつけるようにして―――次の瞬間、紫のかがやきを身にまとった。
「また、消えた!」
「に、においも、消えてますっ」
「ならば、距離を開けたのだ」
「左です!!下に、回り込もうとしています!!」
駆け引きを使う気だな。『蟲の教団』を受け入れたことで、新しい芸風も生えて来たのかもしれん。
こちらの反撃をすぐには受けない距離まで、転移した『ギルガレア』は、両腕を構えた。
「撃つ気だ!!」
『かわすッッッ!!!』
魔力ではない権能の紫電が、空を焼き焦がしながら駆け抜けた。
もちろん、簡単ではないが……避けられるぜ。
駆け引きを使うようになれば、読み合いの沼に引きずり込まれるのだよ。
『たやすく、避けたか』
翼を『ためる』という技巧だ。竜と竜の戦いぐらいにしか使いようがないものだが、ゼファーも覚えつつある。ルルーシロアと戦わねばならんからな。
『速度を、あえて遅くしていた。こちらの狙いが定まると同時に、加速して躱すための余力を残していたと。竜騎士とは、竜とは、何とも器用だ』
一瞬で、ネタを見抜かれるとは思っていなかったが。『ギルガレア』は、賢くもある。純粋な神さまではなくなった分、知恵もついたのかもな。
『ならば、こちらも技を見せよう』
紫電のかがやきが、あいつの全身に絡みついていく。
転移するときの気配とは、違っていた。
となれば、これだけの力をためるということは―――手数か。
「ゼファー!!降下するぞ!!」
『らじゃー!!』
乱射が始まる。紫電の放射が、次から次に空を射抜いて、もう一つの『オルテガ』へと目掛けて降りてくれるゼファーの影を焦がしていった。
しかしね。
こちらも、無策ではない。再現された迷宮都市。城塞のところどころから生えている塔を、奔る紫電の盾に使ってやった。塔が焼けながら割れて、崩落する。
「幻ではないようだ。本物と遜色がない」
神さまの権能は、大したものじゃあるよ。だが、せっかく集めていた力を、連続で撃ち込むことはしなかった。
「自分で創り出した『不滅の薔薇の世界』が大切だということだ。だからこそ、さっきはオレたちの下に回り込んだ。街並みを撃ちたくないからだ。それを、お前は我々に伝えてしまったぞ、『ギルガレア』よ」
『……心を読んだつもりか』
「戦士は、戦いながら互いを識るものだ。これは、高度なコミュニケーションに他ならん。手を重ねるほどに、互いの底が測られていく。お前が、戦っている相手は、『パンジャール猟兵団』なのだ」




