第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三十五
「ぐ、うううっ!?……ヘヘヘ。やられちまったか……ッ」
「援護、する!!」
ルチアの矢が、歪んで膨らんだ帝国兵の背中を射抜いた。『ブランガ』の毒のおかげで、敵はすぐに倒れて落ちる。キーヴィーはその落下に巻き込まれないように、必死に『ゴーレム』へと身を押し付けていた。
「どうにか、落ちなかった……っ」
「……叫ぶなよ、ルチア・クローナー……オレが、死ぬのも、作戦のうちだろうが……」
「そうだけど!!やっぱり……これは……ッ」
「……甘えんなよ。リーダーとして、決断してるんだろ?……正しいことをしているんだ。そもそも、オレの命は、とっくの昔に、『ゴーレム』を動かすために使っちまっているんだからよ……ご、ゴホゴホッ!?」
キーヴィーは血を吐いた。一目で分かるほど、あまりにも多くの血を。
ルチアが歯ぎしりして、矢を放つ。『ゴーレム』に取りつき始めた敵をまた一体、地獄に落とした。
「……オレは……『囮』だろうが……ッ。『囮』に、そんなに構うんじゃねえよ」
「……うるさいっ!知ってる!分かってる!!……だとしても……ッ」
「オレは……裏切り者だろうが」
「だとしても、仲間だった。今も、仲間だよ!!」
「……おう……だからこそ、やれ!!オレは、もう……満足してる」
「……ッ!!……分かった。ストラウス卿、もう一度、『器』を狙いましょう!!」
「当然だ!!」
『こんどこそ、あててやるんだから!!』
ゼファーは空に旋回を描いて、新しい角度を作る。『棘』の射撃が雨あられと放たれるが、全ては虚空に伸びた竜の影を撃ち抜くだけに終わった。速度は、まだ維持しているからね。そのまま羽ばたきで無理やり加速を帯びながら、巨大な『さなぎ』と化した『器』に近づき、蹴爪を放つ。
敵はまた俊敏な回避をしたが、それは先ほど見た反応だ。ルチアが矢を放ち……ついに『さなぎ』に矢を当てる。『ブランガ』がたっぷりと塗られた毒の矢を。
「当てた!!」
「あいつ、動いてる!!震えてるよ!!きっと、毒が回っているんだよ!!お兄ちゃん、追撃―――じゃなくて、回避っ!!」
「おう!!」
『……てきが、れんけいするっ!!』
あらゆる包囲から『棘』が放たれて、回避するのにこちらも精一杯となった。
状況が変わったのが分かる。
キーヴィーを狙っていた敵の前衛たちまで、立ち止まり……こちらを向いていやがった。
『ゴーレム』も、移動を止めていた。『火烏』たちも『棘』を受けながらも、敵の群れに突撃していき、四散していく。
『囮』の力が、尽きていたのだ。この作戦の原動力となっていたキーヴィーは、『ゴーレム』の肩でうずくまっている。魔力の反応も、消えていた。あいつは全てを捧げ尽くしたんだよ。
「キーヴィー……ッ!!よく、戦ってくれたわ!!あとは……私たちが、引き継ぐから!!ゆっくりと、休みなさい!!」
また一人、『仲間』を失いながらも、だからこそ我々は戦う。
移動することを止めて、オレたちを狙う敵の群れ……こいつらの包囲は脅威であるが、だからこそ、数少ない好機に全てを賭けるべきだ。より完全な包囲が完成する前に、さらなる突撃を仕掛ける。
『こんどこそ、あててやるッッッ!!!』
『棘』の乱射を飛び抜けて、毒にふらつく『さなぎ』に肉薄する。完全に当たる軌道に入っていたが……それだけに、敵に何らかの覚悟をさせてしまったのか。
爪が『さなぎ』を裂く直前、『さなぎ』が強い光を放っていた。鉄靴で伝えるまでもないことだが、そんなことには一切の躊躇はないまま、蹴爪を叩き込む!!
ズグシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!
光る『さなぎ』が、真っ二つに裂けた。
裂けてはいたが……。
『かんしょくが、よわい……っ!?にげた……っ!?』
「……上だ!!」
『……ッ!!』
上空高くに、銀色の光を放つ……巨大な蝶が浮かんでいた。ほとんどゼファーと同じような大きさを持っていやがる。呪文のように複雑怪奇な模様が走る大きな左右の羽に囲まれて、少女がいた。
おそらく、あれこそが……『器』であり、あの二人の娘なのだろう。赤ん坊ではなく、巨大な蝶の羽を持つ、乙女となっていたがね。あの『さなぎ』のなかで、彼女もまた成長したのかもしれない。
未熟な胎児から、一人前の乙女のような肉体になっている。細身ではあるがね。あの二人は、星となった空から、彼女の姿を見ているだろうか。ヒトの姿ではないが、成長を果たした死せる娘のことを。
『キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!』
「うっ!?何よ、これ……耳、痛いっ!?」
「ミア、ルチア、耳を閉じてろ」
「うんっ!」
「え、ええ!」
二人の聴覚は優れ過ぎているからな。『蝶』の上げた歌声に、鼓膜を破かれかねない。
「これが、彼女の攻撃方法なのでしょうか?」
「命令でも、あるようだぜ。帝国兵どもが……」
『……っ!?ころし、あってる!?』
帝国兵どもの同士討ちが始まっていた。理由は、明白だな。
「自分たちをも、生贄にしようというわけですね。『不滅の薔薇の世界』に、力を捧げようとしている」




