第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三十四
裂かれた爆炎の向こう側で、『器』が動いた。
『あいつが、おおきくなっていく!!』
二つの腕が互いへと絡みつくように動きながら、ふくらんでいく。二重の螺旋にねじられながら、勢いよく巨大化した。
炎の果てで、それは新たな形を成して、動きを止める。
「……『さなぎ』か」
「象徴的ですね。呪術的、とも言えますか」
「『孵化』すれば、より巨大化しやがるかもしれん……」
「矢で……追い打ちを……ッ」
ルチアが弓を構えて放つが、矢は大きく外れてしまう。
「な、なんで!?迷いが……無かったとは言わないけれど、覚悟を決めて、撃ったはずなのに!?」
「『ギルガレア』のおっちゃんの力かもしれない。あそこの周りは、歪んでいるカンジ」
「歪む……」
「まっすぐ撃っても、矢が当たらないと思う。弾丸も、魔術も同じかも」
「じゃあ、どうすれば!?」
「決まっている。直接、接近戦を仕掛けるまでのことだ!!」
『うんっ!!』
接近戦。レイチェルが『やりたくない』と断言する戦術を採る。感情的な問題でもあるし、戦術的な問題でもあった。
敵の群れの一部は、オレたちの接近を阻むために『さなぎ』となった『器』の側面へと守りにつく。そのおかげで、『器』に近づけば囲まれるリスクが生まれていたし、もっと厄介なことは、こちらに誘導された敵の数が思いのほか少ないところかもしれん。
敵軍全体は、加速しながら南下を続けているのだ。キーヴィーを目指してな。あまりに早くキーヴィーが仕留められると、エルフたちが逃亡しにくくなる。逃げるための時間を稼ぐためにも、キーヴィーには、より長く、より遠くへと走ってもらいたいところだ。
解決策?
あるよ。シンプルなのがね。だから、今やってる。
……こちらの危険を覚悟で、接近戦。足止めにもなるし、諸悪の根源を倒せるのだから。
『ぎぎぎぎぎいいいい!!』
『ぎゃががあああああ!!』
虫けらと一つに融け合ってしまった帝国兵どもが叫び、その身から『棘』の弾丸を撃ち放つ。ゼファーは羽ばたきを使い、飛び越えるような山なりの軌道を飛んだ。盾となって並んだ敵の群れごと『器』の上空を越えると、身を左へとひねる。
誘いでもあった。
紫色の飛ぶ斬撃が、また空を裂いたが……当たることはない。立体的で複雑な軌道を、瞬時に読み解くことなど不可能だからな。
ほとんど直下に降りながら、ひねり込む動きで『器』へと迫る。使うのは、爪だ。『さなぎ』へと目掛けて、蹴爪の襲撃を浴びせるが、必死の横跳びを見せて回避される。
「いい動きだ!!」
「アンバランスな体で、よく動きます」
「追撃するの!?」
「ううん、速度を殺さず、今度は、前衛!!」
オレが説明するまでもなく、ストラウス兄妹の上半身は一緒に前倒しになっている。小さな範囲で旋回運動を繰り返せば、さすがに失速しかねないからな。接近戦を仕掛けて、不発し、敵の群れのなかでわざわざ失速するのは愚の骨頂だ。
速度を……活かすべきだよ。
『器』から、敵の前衛へと狙いを変える。ある程度の速度を維持したまま、キーヴィーを追いかける帝国兵どもを背後から襲った!!
ゼファーの蹴爪が、一体、二体、三体と敵を屠り、ルチアの矢が敵の背後を『ブランガ』の毒矢で射抜く。連中にとっての急所に、特効性のある毒だ。よく効いたぜ。その場で、敵はぶっ倒れた。
……それでも数は多いからな。焼け石に水かもしれんが、それでも、無力ではない。こいつらは戦術を判断する程度の知性は残っている。作戦目的を変えるまではしなくとも、わずかながら上空を確認してくれれば……進軍に乱れは生まれた。
「こっちを見やがれえええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
馬鹿みたいな大声を出すのは、得意だからな。叫び声にちゃんと反応して、敵どもはこちらを見た。大きな戦果じゃないが……それでも、構わん。少しでも有益ならば、満足すべきだ。
「キーヴィー、走り続けなさいッッッ!!!森のなかを、走らせるだけでも敵は疲弊させられる!!木々が、枝が、草が、岩が!!私たちの故郷が、こいつらに噛みつき傷つける!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
キーヴィーと『ゴーレム』、そして『火烏』たちも東への疾走を速めてくれた。そいつを見守りながら、地上から撃たれた『棘』の弾丸を回避して……次の『器』への攻めのタイミングを作っていくが……。
「―――キーヴィー!!対応しなさい!!敵が、接触する!!」
「腕は、ろくに動かねえんだよっ!!」
「『火烏』に命じることは出来ないでしょうか!!」
「あ、え?……そ、そうか。と、鳥!!い、行けえええええっ!!」
『カアカアカアアアアアア!!』
『カアアアアアアアアアア!!』
上手に呪術を使いこなしてくれた。『ゴーレム』の足元へと捨て身で飛びついた敵兵を、『火烏』が焼き払いにかかる。燃やされていく敵兵は、腕を焼き落とされて、ぶざまに地面へと落ちたが……。
次から次に、敵の群れがキーヴィーを狙って襲い掛かってくる。『火烏』が護衛について、『ゴーレム』が左腕を振り回して、捨て身の飛びつきどもを打ち払っていくが、多勢に無勢である。
「キーヴィー!!『ゴーレム』の背中に、飛びついた!!」
「……ちっ!!手が、足りねえ…………けどっ!!気にするな!!オレは、覚悟が出来ているんだ!!そっちの仕事に、集中しやがれ―――ぐ、ふううっ!?」
「キーヴィーッッッ!!!」
貫かれていた。
帝国兵の体から伸びた、尖った虫けらの肢に……背中から貫かれてしまったキーヴィーを、オレたちは見たのだ。




