第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三十
キーヴィーは、筆が持てなかった。包帯だらけの体は上手く動かない。祖父が、代わりに手紙を書いた。
「バレねえか。オレの書いた文字にしちゃ、年寄りくせえけど」
「……預かっておこう。ちゃんと、あの子に届ける」
「……そうしてくれ。ムダに、恨みを抱え込むことはねえ……はあ。こういう覚悟があれば、もうちょっと……期待に応えられたか?」
「これから、十分に期待を果たしてはくれる。伝統は、破られることになったが……それでも、納得してやれる」
「そうかよ」
『家族』のやり取りのすぐ隣では、他の長老たちが呪術を変えていた。キーヴィーに向かう『呪いの赤い糸』が、ビクリビクリと躍動する。
見える者の、義務でも感じていたのだろうかね。つい、訊いていた。
「痛みは、大丈夫か」
「……ああ。クソ痛いに決まってるだろ。肉も、骨も……どっかの誰かに槍でぶん殴られているみてえに、あちこちが痛む」
「そうか。おい、誰か。酒でもやれ」
「おお!そいつは、気が利いているじゃねえか」
戦士の一人がしかめ面になりつつも、動いてくれた。岩場を素早く降りると、すぐに酒瓶を片手に戻る。
「これを……くれてやる」
「ああ。ありがとうよ」
『ゴーレム』に近づくと、キーヴィーに向けて投げた。包帯をした体でも、酒瓶に抱き着くようにして受け止める。器用なものだった。
歯を使ってコルクを引き抜くと、酒瓶に噛みつく。首を上げて、ごくごくと飲み干し始めた。七割近くを、こぼしてしまっているが……それでも、三割は入ったら上出来だよ。
「美味しいかしら、キーヴィー?」
「……まあまあだ。何とも、普通らしい味で……ここらしい」
「故郷の味だ。覚えてから、死ぬといいぜ」
「覚えるか……」
「景色もな。昔、死地に赴くつもりであった竜騎士は、そうしたぞ」
「あんたのことか」
「そうだ」
「……マネするわけじゃねえがよ。まあ、フツーっぽいよな。景色……ね」
『ゴーレム』の肩の上から、岩場の下に広がる故郷を男は見回した。
「冴えねえ、ド田舎だ」
口が悪いが、誰もが許していた。あいつの祖父もな。キーヴィーの顔は、魔眼を使わなくても分かるほど、痛みと戦っていたからだ。脂汗がダラダラ、引きつる口周り。しかめっ面に、眉間のしわにたまる汗。
酒に逃げて、がぶ飲みしたあと。『ゴーレム』にもかけてやっていた。
あいつの背中から、炎が飛び出したのはそのときだ。背から噴き上がった、赤い炎は、まるで翼のように見える。
『カアアアア!カアアアア!!』
「うぐう、ううう、うおおおおっ!?……めちゃくちゃに、痛えええっ!?」
「だろうな」
「か、体の中から、『火烏』が出て来ているわ。それは、痛いわよね、キーヴィー」
「うう、ぐう、うごおお……っ!?」
背中が破裂して、赤いかがやきが夜空に広がる。『火烏』たちが、六羽ほど、生み出されていた。大量の出血が、キーヴィーを赤く汚しながら。
「き、キーヴィー!!」
「……心配すんなよ……っ。最後の仕事の始まりってことだ。行ってくるぜ……」
「あ、ああ……ッ。お前の兄にも……両親にも……伝えてくれ。遠からず、私も逝くと」
「長生きしろ。そうしてくれた方が、オレも死に甲斐があるだろうが……じじい」
「……っ!!……ああ……っ」
「さて。行くぜ。じゃあな……ルチア、ソルジェ・ストラウス」
「ええ」
「役目を果たして来るがいい。東に向けて、走ればいい。それで、時間は稼げる」
「……おうよ!!……行くぞ、『ゴーレム』!!鳥ども!!」
血まみれの体で、男は必至になった。岩場を駆け下りて行く『ゴーレム』の頭に抱き着き、振り落とされないように必死だ。『火烏』たちも、空で旋回すると、彼らの後ろを追いかけて同行を始める。
「さらばだ、孫よ……」
別れは悲しいものだが、死地に赴く戦士を見送るときは……竜太刀を掲げるべきだ。
『不滅の薔薇の世界』のせいで、いくつかの星が不在となった夜空に、鋼を煌めかせる。
若い戦士は、楽しそうだったよ。『火烏』たちと『ゴーレム』は、竜には勝てなかったとしても、凡庸な者が引きつれて走れるものではない。
「ハハハハ!!」
笑い声が響き、『ゴーレム』の疾走は東に向かう。
「ゼファー、敵の動きは?」
『うん。すぐに、はんのう、したよ。ひだりに、まがった』
「食いついたんだね。キーヴィーは『囮』として、機能してる」
「あいつが東に走れば走るほど、助かる者が増える」
「ちゃんと、その事実は理解しているようですわね。何とも嬉しそうです。良い戦士ですわ、貴方のお孫さまは」
「……バカみたいな高笑いを、上げながら走りおって。ああ……しかし、だが。あの兄弟は、そうであった。子供の頃から、ずっと変わらない。向こう見ずに、駆け抜ける……小さなときから、変わらんかったな……やり遂げるがいい、我が孫よ」
「……さてと。オレたちも、動くぞ」
「ええ。『器』を……排除して、『オルテガ』を解放する……戦士たち、長老たちはしばらく祈り続けてくれるみたいだから、早馬を用意しておいて。ギリギリまで、祈り。でも、命の危険には応じなさい。彼らのことを、守れ」
「……言われるまでもない、ルチア・クローナーよ」
「納得が行く結果を作る。それは、約束するから」
「……行くがいい」
「ええ。ストラウス卿、ゼファー、行きましょう」




