第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二十九
「『蟲の教団』への怒りは大きいか」
「……感情など、とうに果てた。あるのは、義務と掟……そなたらは嫌うかもしれんがね」
「伝統のあらゆるものが嫌いなわけじゃないさ。オレは、どちらかと言えば、伝統の擁護者ではある」
「竜に乗って、力で脅すのは君らの伝統かね?」
「ククク!……ああ、困ったことに。それもまた、実に『ガルーナ』らしい」
『ふふふ!ぼくらは、『がるーな』のりゅうと、りゅうきしなんだ!』
横暴さも我々の特徴ではある。戦士とは、力で諸々を解決してしまう生き物だ。
「だからこそ、自覚も必要だと知っている。オレたちは、『正義』のために力を使う。自分たちの『正義』を貫くために、何だってする。悪のためではない」
「……今宵の正義とやらは、我々の伝統を破壊し、『オルテガ』を救うか」
「『ギルガレア』も解放してやるんだ。君らの神さまを。あいつも、この世界が歪むことは望んでいない。死者たちの願いに、惹かれてしまっただけのこと」
「おっちゃんは、いい神さまだったよ。私たちとは、成し遂げなくちゃいけないことが違っていたみたいだけど」
「神さまは、背負われるものだ。我々よりも、多くを……」
「んで。どう動けばいいんだ?……オレは呪術で『ゴーレム』とくくられてるんだ。さっさと指示をくれ。くれなきゃ、勝手に突撃して、暴れるぞ?」
「はあ。もうすぐ死ぬというのに。変わらない性格してるわ」
「死んだぐらいじゃ、性格は直らねえんだ。オレは、兄貴と同じように、敵に突っ込んで戦って、死ぬ。そういうのが、好きなんだ」
「アタマが痛い。永遠に理解してやれないわ」
「それでいい。君は、『風の旅団』を賢く率いねばならん」
「……そうね。で。長老たち。キーヴィーは、どうすべきかしら?」
『呪い追い/トラッカー』の力で、この乱暴者のエルフの心臓に、『呪いの赤い糸』がまとわりついてしまっている。
長くはない。
夏の夜風のなかで、青白い顔をしている男の命などな。
使い方を定めてやるのも、善意である。
……血縁者にそれをさせるのは、残酷かもしれんがね。だからこそ、ルチアはキーヴィーの祖父以外を見てもいた。
心配りの分かるエルフの老婆が手を挙げる。彼女もまた長老たちの一員か。
「ルチア・クローナーよ。答えよう」
「ええ。お願い。クラー婆さま。この期に及んで、嘘だけはやめてね」
「……つかないさ。私は、正直な方だよ。年寄りたちのなかではね」
「……で。キーヴィーはどうすべき?」
「邪悪なことを告げるぞ。より重い罰に処することで、『火烏』を召喚する贄とすべきだ」
「クラー……っ」
「すまないねえ。あんたの孫を、贄にしてしまう方法など教えて」
「ヘヘヘ!……いいさ。じいちゃんには悪いが、オレは役に立って死にてえんだ」
「その態度を、幼き頃から貫ければのう。人望も、勝ち得たであろうに」
「無理だぜ。そういう性格じゃねえ。村の嫌われ者だったルチアにまで、選挙で負けるんだ。つまり、オレは……上に立てる男じゃなかったがよ……それでも、最期に、一花咲かせて散りてえ」
若者らしいというか、向こう見ずな男の末路らしいというかね。なかなか、嫌いになれん男になって死ぬようだ。キーヴィーは。
「ほーら。長老たちよ。『火烏』のための生け贄にしてくれ」
「……もちろん。分かっているね?」
「たぶんな。苦しいんだろ?」
「焼かれながら、裂けて、分かれる。『火烏の群れ』を引き連れて、敵へと迫り……」
「襲い掛かるんだな!!」
「最期までアホなのかしらね」
「え、ええ!?」
「戦力不足で逃げる必要があるんだぞ。お前は、『囮』として敵を引き寄せる役だ」
「つまらねえ……っ!?」
「戦術を理解しろ。これは、お前のお望み通りのハードワークだぜ」
「どういうことだ!?」
「フフフ。敵の『器』は、『ギルガレア』さまの力を求めて、ここまでやって来た。ここは長く『ギルガレア』さまがおられた土地、彼への祈りが捧げられ続けた土地。お前を、その土地とよりつなげることで……『蟲の教団』どもの呪術の中心である『器』を呼ぶ」
複雑さから鑑みるに。
長年、長老たちには『蟲の教団』対策が伝わっていたらしいぜ。そこらの年寄りが思いつきで言い出せはしないだろうし、周りのガンコな長老たちが即座に納得してもいるのが、この予想の根拠だ。
「ついに、祖先の願いを果たす!ハハハハ!ハハハハ!!」
闇のなかで嗤う老婆は、独特の恐ろしさを持っていた。彼女が継いだ過去が、その笑顔に力強さを与えている。
「我らの罪が、お前の活躍次第で浄化される。伝統は蹂躙されることになったとしても……『蟲の教団』は、我々の旧い罪科は滅びるのだ。それならば……それならば、我らも先祖たちに言い訳が立とう」
「先祖どうこうは知ったこっちゃねえが。オレに……敵の親玉が喰らいつくってわけか?」
「お前を求めて、『器』が近づくのだ。『火烏』と共に、村を離れるのだ」
「そうすれば、みんなの撤退のための時間を稼げるって意味よ、キーヴィー」
「それぐらい分かる」
「なら、良かった……でも……痛いらしいけど」
「気にするな。ただ……ケーンには、言い残しておきたいことがあるぜ」
「……聞こう。必ず、伝えるぞ」
キーヴィーの前に祖父が歩み出る。死にゆく孫のために、してやりたいのだ。
「『ルチアを恨むな』、だ。オレのことで、逆恨みするなと。一筆、書いておこう」
「……じゃな。その方がいい。あの子は、ありがたいことに、お前を慕ってくれておる」
「ヘヘヘ。いい子分が一人だけでもいる……まあ、オレには上出来だったな」




