第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二十二
かがり火の一つを目指した。
迫り来る帝国兵に備えるための、いわゆる『最前線』だよ。わざと目立つように翼を大げさに羽ばたかせながら、接近していく。
「こっちのこと、伝わっているよね?」
「それは安心していい。竜は目立つもの」
『ぼく、すごいからね!』
「そうね。私たちも、夜の耳はいいわ。長老たちが夜警に立っていることはないでしょうから……まあ、ベテランか、かたくなに森から出るのを拒む戦士が残っている点については考え物だけど」
「大声で、伝えれば良さそうですわね」
「私がするわ。『風の旅団』のことを、彼らの全員が認めてはいないかもしれないけれどね。この森は狭い社会だから。私のことを知ってくれている戦士も、最前線には必ずいる……嫌われ者の一族じゃあるけど、一応は仲間なんだから」
「嫌われ者の一族だったのは、過去だ。君は、長老たちから認められたからこそ、指揮権を得ていたんだ」
「……そうだと良いわね」
「ビビのママのことで、いじめられるとか。ビビの親友として、許せないよ」
「お兄ちゃんもだよ」
「トラブルは起こさないようにね。こちらも、堂々と権利を主張することにするから。弱気になっていても、得るものはないってことよね」
「その通りです。では、ルチア・クローナー。お願いします」
「任せなさい」
ゼファーの背の上で立ち上がると、背筋を伸ばす。良い姿勢は、自信も作る。芸術家たちの言葉の通に。こちらに視線を向けてくれている『最前線』の木組みの砦に向けて、ルチアは叫ぶ。
「私は、ルチア・クローナーよ!『風の旅団』のリーダーであり、『ルファード』に派遣された戦士たちの統率を任されている者でもある!!『自由同盟』の傭兵である『パンジャール猟兵団』と、その竜と共に、ここに戻った!!矢を放つな!!」
凛とした命令に、保守的なエルフの古株戦士たちは応える。上空に向けていた弓を下ろしてくれたのさ。ちゃんと、矢も弦から外してくれている。
魔眼のおかげでね、彼らの表情が暗がりのなかでもよく分かった。メダルドの兄と結婚したエルフについて、良くない感情を抱いたままなのか……それとも、明らかに不利な情勢になってしまった戦闘に備えての緊張のせいか……戦略的な不満でもあるのか。
歓迎と友愛に満ちあふれた顔とは、口が裂けても言えない面をしているが、行動で示してくれたことで納得はしておこう。
地上に向けて高度を低くしていくと、城塞と呼ぶには弱さがある古びた木の柵の上に、一人のエルフが飛び移ってきた。
まだ若さのある動きで、この『最前線』では最高の戦士かもしれん。険しい表情のまま、彼は口を大きく開いた。
「ルチア・クローナーよ!!よくぞ戻った!!」
「……ええ!!でも、不満がある!!」
「こちらにもな!!……だが、とりあえずは地上に降りてくれるか!?巨大な魔物に上空を奪われたままでは、どうにも心がざわついてしまう!!」
「竜よ!!魔物じゃない…………よね?」
「竜は竜さ」
『りゅうだよ』
「……ふう。と、とにかく!了解した!!降りるから、ぜったいに攻撃しないように!!」
「心得ている!!」
誤射されてはたまったものではないからな。コミュニケーションは大切だよ。
防護柵の裏側にあるたき火の前を選び、ゼファーは着陸する。
『ちゃーくち!!』
周囲をエルフの戦士たちが囲むが、年寄りと中年の男ばかりか、女と年端もいかない子供たちさえ弓と槍で武装した姿を現した。怯えた顔がないことが、むしろ不満だな。
「死ぬ気で守るつもりだったか」
「……それが名誉になると、考えてしまっていたのね」
「耳が痛いぜ」
……ガルーナの二の舞を、幾度となく見て来たが……やはり、負け戦に犠牲を増やすことは間違いでもある。
「ルチア・クローナー、状況を説明して欲しいものだな」
先ほどの戦士が目の前に現れた。こいつも覚悟が決まっているせいか、ゼファーの巨体に怯えることもない。
「『オルテガ』を攻めた。優勢だったし、こちらに向かっていた敵戦力の半分も倒している」
「敵を半分にしたか」
「でも、撤退を勧告したはずだけど?主力の戦士は、派遣してくれているでしょう。勇敢さだけでは、この敵には勝てない」
「やってみなくては分からん」
「あちらは精鋭の四百人以上が来ているんだから、勝負にならない」
「長老たちにも『策』はある」
……『策』ね。なかなか、悲壮な策がありそうな面をしている。
「『ゴーレム』でも使う気なの?……そうだとしても、ここには不在だ。今になって集落から送られても、間に合わない。ここは、あっという間に、蹴散らされてしまうだけ」
「……それでも、退かんと決めている。この森から出て行ったお前たちとは違うんだ。この森にしか、居場所がない者だっているのが分からないのか?」
「分かってはあげる。でも、戦いに関しては、不満があるままね」
「……議論は不要だ。そちらは、何を求めて来た?加勢するためでは、ないのか?」
「状況はフクザツなのよ。敵は、もはや帝国軍でもなく、『蟲の教団』の遺産といったような状況ね」
「邪教のことを、長老たちから教えられたか」
「そうよ。一人前の戦士で、リーダーの一人。とにかく、『蟲の教団』は、『ギルガレア』さまの片割れの力を使った」
「『聖餐』を成したと」
「ええ。『聖餐』を使い、帝国人たちのリーダーが願いを叶えてしまった。『オルテガ』は新しく作られた世界に呑み込まれ、空に浮かんでいる」
「……あのおかしな空か……ツタが這っていたが、今では……黒い雲のような闇へと化けた。あそこに、『オルテガ』が浮かんでいると?」
「信じがたいことに、そうなるわ。その上……私たちの神さまの一人である『ギルガレア』さまも……敵の願いに、呑み込まれてしまった」
「……何ということだ。罪科の獣が失われてしまえば、この世に罪があふれる」
「そうならないように、状況を解決したいでしょ?」
「無論だ」
「だからこそ、撤退して欲しいのよ。犠牲者を出すことは、『ギルガレア』さまの本意ではない。敵の生贄にされるだけよ」
「……そうは、ならん」
「いや、そうなるの―――」
「―――君らは、ここで戦死して、『聖餐』をする気か」
「え!?」
「……誰だ、お前は?」
「竜騎士ソルジェ・ストラウスだ。『パンジャール猟兵団』の団長であり、この竜の力が宿った眼で、呪いも見える」
『呪いの赤い糸』が、ここにいる戦士たちをつないでいた。




