第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二十
「『ギルガレア』さまあああああああ!!」
ルチアの悲痛な叫びが空に響くが、状況は変わらない。『ギルガレア』の全身が呑まれてしまう。
「あ、ああ!そんな……っ。ご自分を、生贄捧げるなんて……っ!!」
「……これから、どうなっちゃうんだろう?」
「……少なくとも、空の落下は、止まったな」
『ギルガレア』は『オルテガ』を滅ぼす気などないらしい。落下していた薔薇の花園は静止していた。いいや、それどころか。
「上昇していきますわね」
「そのようだ。これも、『ギルガレア』の意志か……あいつは、全てを掌握しつつあるのか?」
「どうでしょう。無数の祈りに、呑まれてしまったのかもしれません。ヒトでさえも、面影に成り果てる状況……彼は、神さまです。多くの者の祈りに、応えようとしてしまう」
「自我が、流されてしまいやすいと?」
「そう考えています。だとすれば、我々も、『猟兵の流儀』で『祈る』べきかもしれませんわ」
「ああ。地上に向けて、花びらは落ちている……アレを排除するとしよう!!」
行いで示すべきだ。これから何が起きるかは、誰にも分からん。『ギルガレア』は半身と完全な融合を遂げたのかもしれないが、敵の願いも叶えてやるつもりだ。『不滅の薔薇の世界』を完成させる。
生贄を求めてはいないらしいが……。
花びらは落ち続けていやがる。燃える花びらには、敵意が感じられるし、そもそも避難中の全ての者たちにとって危険であることには変わりがない。
それらに近づき、矢を放つ。
弾丸を飛ばし、戦輪で叩き斬る。
竜太刀でも、ゼファーの蹴爪でも。
あらゆる手段を用いて、少しでも、敵の攻めを打ち崩していく。
『ギルガレア』よ。これこそ、我々の祈りでもあり、心からの主張だ。犠牲を望まない。この『オルテガ』にいる全ての者を守りたい。『不滅の薔薇の世界』を、我々が求めてはいないことだけは、知ってくれ。
そして。
可能ならば、この祈りに応えてくれると嬉しい。
「お兄ちゃん!花びらの数が、減っていくよ!!」
「そのようだな!」
「『ギルガレア』さまが、抗ってくれているのかもしれない!」
「ええ。あの方は、本心では……他者との交流を求めずにはいられない。神さまらしい、神さまだったのかもしれませんわね」
他者の祈りで、成り立つ。『星』と同じような、こちらの世界の住民の願望を必要とする神さま……。
神さまとは、何とも、不自由な立場なのかもしれないな。
……空が、また遠ざかる。
薔薇の花畑のさらに奥、はるかな天空には、相変わらず『オルテガ』の街並みが見えるという異常な景色があるが……空はずっと広がった。
いや。空だけでは、ないようだ。
地上を見れば、答えがある。
ゆっくりとだが、広がっている。魔眼で暗がりを払った視界のなかで、地上はどんどんと広がっている。
「『不滅の薔薇の世界』が、広がっているぞ」
「『ギルガレア』が持っていた、『場』とつながっているのかもしれませんわね」
「そいつは、つまり……南のエルフのテリトリーか」
「……っ!?」
ルチアがゼファーから乗り出して、地上の果てを見つめる。
「ほ、本当だ。これ、このにおい。私たちの森のにおいだ……ッ。でも……ちょっとだけ、違っている?……あんな木は、生えていない……」
「『ギルガレア』の『場』は、彼の権能で作られた小世界でしょうから。世界を歪めることを嫌っていた彼は、現実の世界を切り取ることはしなかったのかもしれません」
「似て非なるモノを、作ったか」
「おそらく。彼の故郷と、南の森林が融け合ったような形質なのかも」
「……でも……何だか、変だよ。風が……落ちていく。世界の果てに、吸い込まれているみたいだよ?」
「ああ。初期の『不滅の薔薇の世界』には、風がほとんど無かったが……今は、何だ。これは……風が、吸い込まれている……『外』と、新しくつながっているのか」
「世界が、次から次に裂けているの?」
「かもしれん。謎ではあるが……それだけに、行動する甲斐もある!!」
「ま、まさか!?」
「試してみれば、早いもんね!!」
「そういうことです。ゼファー!」
『らじゃー!!いこう、『どーじぇ』!みんな!!ていさつだよ!!』
空が落ち着いている今こそ、それを仕掛けるべきだ。状況は把握しておきたい。この風の流れが、どうなっているのかを。
それを知るための最善は、やはり直接、赴くこと以外にない!!
期待し待ち構えているゼファーの首の付け根に、鉄靴の内側を使う。翼が空を叩きつけて、ゼファーはあっという間に加速した。
空を駆けて、『不滅の薔薇の世界』の果てへとたどり着く。
呑み込まれていく風を追いかけて、ゼファーは首を直下へと垂らした。
「『深さ』が読み切れんところがある。速度を調整しながら、飛び込むぞ!!」
『らじゃー!!』
「……ま、まったく!!勇気が過ぎる!!ストラウス卿たちは、本当に!!」
落下する世界に、ルチアは吼えた。
構わんよ。少しばかりの不満を叫んでくれてもね。
ああすることで、不安や恐れは体と心から抜け出してくれもするのだから。




