第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その十九
『おぎゃああああ!!おぎゃあああああああ!!』
『ああああああ!!ああああああああああああああああ!!』
殴れるはずもない。無垢な叫びが合唱している。いくつもの赤ん坊たちが、融合した存在に対して、打ちつける拳を『ギルガレア』は持っていない。
……それは正しいことであるものの、間違っていた。
『巨大な赤ん坊の集合体』たちが、『ギルガレア』に抱き着いてしまう。
「おっちゃん!!」
「ゼファー!!」
ゼファーを呼んで、その背に乗った。羽ばたき、すぐさま『ギルガレア』のもとへと向かう。うごめく赤ん坊たちに、ゆっくりと神さまが呑まれ……刺々しいツタどもが、守るように『ギルガレア』を包囲していった。
『火球』を放ち、道を作るが……それでも、ツタどもは瞬時に再生していく。裂け目は即座に紡がれて塞がれてしまい、近寄れなかったよ。
「『ギルガレア』さまああああああああああああ!!!」
ルチアの悲しい叫びが響く。
魔力も体力も使い果たしてしまいそうだが、やらねばならん。魔眼を酷使し、『ターゲティング』を組み上げた。そして、ゼファーの『火球』とミアとルチアの『風』を重ねて、強烈な爆撃でツタの群れを焼き払った!!
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!
爆音が暴れる空に、ツタの裂け目が生まれる。
今度こそ届くと思った。
大小無数の赤ん坊たちの顔に噛みつかれている『ギルガレア』にまで続く道を、オレたちの爆撃は作り上げていたはずだ。
……しかし。
『ギルガレア』は、こちらを見ていた。余力は、まだ残っているように感じられる。あの強大な身体能力を使って、拘束を力尽くに解き放ってくれれば自由を得られたはずだった。
それなのに、あいつは動かない。
細めた赤い瞳は、助けられることを求めていなかった。
「ふざけるな!!そいつらに呑まれる気か!!」
『……声が、聞こえるのだ。我を求める、心からの声が。この者たちは、この世界に生まれたというのに、育つ間もなく拒絶された罪なき者たちだ……』
「『蟲の教団』の……子供たち……なのね」
赤ん坊たちのなかには、耳の尖った者もいる。エルフの赤ん坊だ。『不滅の薔薇の世界』を望んだ者には、ゼベダイ・ジスやエスリン・リヒトホーフェン以外にも、多くの親がいたようだ。
当然か。
愛する子供を失えば、愛で狂える。たった一人の父親であるゼベダイ・ジスも、これだけのことをやってのけたのだから。
多くの生贄を伴い、虫けらで編まれたニセモノの子供でも……そばにいて欲しいと、戻って来て欲しいと願うのか……偽りであっても、生きていて欲しいと。
うなずくことはしない。オレの思想とは異なることだ。だが、分かってやれなくもない選択ではあった。とくに、目の前にある無数の赤ん坊たちの……泣きそうな顔を見ていると、心が痛い。
『飢えている。この子たちは、飢えているのだ。生きることに、飢えている。自分の生きられる未来を求めて、泣いているのだ。これは、必死で、あまりにも無垢な願い……』
「だとしても!!呑まれるべきではない!!」
『もはや、我にしか、救ってやれない』
「その救いは、ニセモノに過ぎんだろう!!」
『響くのだ』
巨大な赤ん坊に噛みつかれながらも、『ギルガレア』は撫でる。慈愛に満ちた態度だったよ。まるで、父親のような面とでも言うべきなのか……。
良くない兆候だ。
『この者たちの声は、あまりにも深い場所にまで響く。むごたらしい運命に、この者たちは人生を奪われた。偽りであったとしても、この魂の飢えに……我は惹かれる』
「『ゼルアガ』としての本能かもしれんが、応じるな!!生贄を増やすことも、これ以上、『ゼルアガ』の権能で世界を歪めることも、お前にとって不本意なはずだろう!!」
「そうですわ!!そのために、私たちは共闘したのです!!」
「『ギルガレア』さま!!私たちを、この街を、犠牲にするのですか!?」
赤ん坊の集合体にゆっくりと呑み込まれながらも、神さまは首を横に振った。
『そうではない!!もう、ヒトの血は、流させはしない』
「ま、まさか!?」
『ヒトの生贄は喰わせない。我と……我の『場』を、ここに組み合わせれば……せめて、この幼き者たちのための世界を、創ってやれるかもしれん』
何とも。
無責任な発言だったぜ。
「やめろ!!どんなことになるか、お前にも確信がないのだろう!!流されるな!!お前は、お前自身の本能に流されようとしているだけだ!!」
『……そうだとしても、我にしか、与えてやれん。殺せんだろう?お前たちも、この赤子たちを―――』
「―――やれるよ!私も、ゼファーも!!」
『うん!!そいつらは、にせものだから!!』
ミアは、いつでも猟兵だった。誰よりも純度の高い猟兵。迷うことはない。大人ほど迷ってしまうことでも、決断してくれる。
妹が、ここまでの決意をしたというのならば……。
お兄ちゃんであるオレも、当然、しなくてはならん!!
「ニセモノではなく、真実を選ぶべきだ!!たとえ、痛みにあふれていたとしてもな!!『ギルガレア』!!力尽くでも、そこから助けてやるぞ!!」
魔眼に力を込めて、ターゲティングを仕掛けた。
今度は直撃させてやる。船を貫く、あの鋭く回転する『火球』をぶつけてやればいい。無理やりにでも助け出せばいい。
「お前はオレたちの『仲間』だ!!ここでは死なせん!!」
「そうだよ、おっちゃん!!死なないで!!今から、助けてあげるから!!」
『火球』を撃った。
助けられるはずの力を……だが、『ギルガレア』は拒んでいた。喰われていない方の腕を虚空に伸ばし、権能を振るう。赤い炎が夜空を裂くように走り抜け、『火球』を断ち斬った。
オレたちの力を合わせた『火球』は、目標にぶつかるよりも先に爆発していく。
「ちくしょう!!」
「……爆風が戻る!!ゼファー、耐えて!!」
『う、うん!!』
風に圧されて、はじき出されていた。燃える空の向こう側で、神さまは……微笑んでいやがった。自ら、赤ん坊の集合体に呑み込まれていきながら。満足そうだったことに、苛立つ。
こんなものが最良の選択では、なかったはずだ。
たとえ、本人が満足していたとしても。




