第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その十八
『火烏』たちが増えていき、雄々しい軍列を空に描いた。がっつくように揺れながら落ちてくる薔薇ども、その狂った事象へと向かうのだ。
ある意味で、『ゼルアガ』にだけ許された世界の改変。その結果が閉ざされた『オルテガ』の空でぶつかり合おうとしている。
『…………勝てぬさ……あれは……我々には、勝てない……』
「うるせえ」
竜太刀に焼かれながら滅びていくゼベダイ・ジスは、口から『炎』を垂れ流しながら、力のない視線で空を仰いだ。
オレと戦うだけの力はない。ただ生存……いや、存続を保つだけで限界というところだろう。虫けらどもは、ますます死に耐えている。空に在る薔薇の園だけに、残りの力の全てを集めているようだ。
「ハナシは、分かりやすい。『ギルガレア』が、勝てばいいだけのことだ」
「ええ。そういうことです」
「おっちゃん、やってくれるよね。嬉しそうに飛んでいるから」
「その通り。ゼベダイ・ジスよ。ああいう飛び方をする者は、強いものだぞ。迷いなく、突き進むことで最大の力を帯びる」
『……こちらも、迷いはない……』
「そうでしょうか?」
『……愚弄するか、我々の覚悟を?』
「誰にでも迷いはあるものです。ヒトの心は、不純なものですから。世界に裏切られ、『孤独』に囚われたからと言って、どこまでも憎み切れるとは限りません。私も、つい最近、知ったことなのですよ」
『……お前も、『孤独』を持つのか……』
「愛する夫を帝国軍に殺されましたので。それでも、幸いなことに私は母親になれた」
『……うらやましい』
「ええ。親になれるということは、大きな幸せですものね。ヒトが、不完全な存在であることを、補い合えた結果として、命は紡がれる。息子のおかげで、私は、本当の『孤独』を味わうことはありませんでした」
『…………全てが、融け合えばいいだけのこと……君も、夫に会える』
「いいえ。それは偽りの夫です。夫の願いとも、異なりますから。夫が望んでいるのは、彼がいなくなったあとでも同じこと。私は、いつかサーカスの天幕の下に戻ります」
『…………』
「ウフフ。貴方は、もはやゼベダイ・ジスの面影、祈りだけで突き動く影にしか過ぎませんが、それでも、エスリン・リヒトホーフェンをそばに呼べないままでした。それが、真実を持たぬ者の限界です。迷っているのですよ、いくら心の表面で取り繕ったとしても、祈りや願いの純度を高めたとしても、大切な真実の記憶に嘘はつけません」
「正直者にはね、迷っていると勝てないんだよ。とくに、空では!」
ミアは正しい。『火烏の軍勢』が完成していたよ。『ギルガレア』の羽ばたきに並ぶ、赤熱する翼たちがね。こいつらは見事な隊列を組み上げているが、落ちてくる薔薇どもの群れには迷いが見えた。
融け合う意識が多すぎるのかもしれないな。『孤独』を抱えた者たちが、寄り集まったところで、お互いを許容することなど可能なのかね。『孤独』の解決方法は、それぞれが抱えた痛みを解決したときだけじゃないのか?
……『ガルーナ』を奪還しない限りは、オレの心にある足りないものは満たされることはない。痛みは、固有の感覚なのだ。
「無理やり、『孤独』を恐れる感情で、群れを作った。『蟲の教団』どもだけでなく、お前たちまで混在している。純度は、いかほどのものか」
『……ヒトは、この『孤独』を恐れるさ』
「痛みがくれるものもある。こいつは、道しるべだ。だからこそ、お前らも、ここまでやれたのだろう。全員が、完璧な一致を見せてはいないがね。当然だ。これは、一人一人それぞれが持つ、固有の道なのだから」
力尽くの勝負においては、そのわずかな不一致が敗北を招くことは多い。『ギルガレア』は『火烏の軍勢』と共に、迷いなく加速して上昇し……薔薇の群れへと突撃した。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
『カアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』
『カアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』
爆炎が奔り、空を焼いた。
赤熱が闇を消し去り、薔薇とツタが破壊されていく。もちろん、『火烏の軍勢』もただでは済まない。爆発し、砕かれてしまう。だが、悲鳴はない。勇猛果敢な真っ直ぐさで、空から迫る刺々しい薔薇とツタの群れを道連れにして燃え尽きていくのだよ。
『火烏』の一つ一つが、強烈な爆弾みたいなものであった。
連鎖する爆発が生じていき、『オルテガ』を圧殺しようと企む薔薇どもが吹き飛ばされていく。
衝突の中心から、炎の破壊は始まり……突風のような速さで業火が暴れながら駆けた。空を覆う薔薇園の全てへとまたたく間に、破壊の赤熱が伝わるのだ。
落ちて来ていたはずの空が、遠ざかる。穿たれ、焼き払われ、ただの力に、押し戻されていた。
「おっちゃんが、勝ってる!!」
『すごい!!そらを、おしもどしていくよ!!』
「……『ギルガレア』さま……っ!!」
多くの者たちが、上空に広がる爆炎に視線を奪われていた。
この行いの意味は、否応なしに理解させられるよ。狭まっていたはずの世界が、今、広げられていく。死が遠ざかっていくのだ。この感覚は、本能を満たす。
『オルテガ』にいる全ての生きている者は、感謝しただろう。歓声が、迷路のような街並みを越えて響いているぞ。
「助かる!!」
「落ちて来ていた空が、壊れていく!!」
……そして、あの薔薇を構成する虫けらに融けている者たちのなかにも、安堵する者もいたさ。ヒトは、それほど邪悪にはなれない。ひしめく虫けらに意志を喰われていたとしても、その動きは一致することが出来ずに迷っていた。
空が開く。
『不滅の薔薇の世界』の上空に座していた植物どもが、破壊されながら燃え落ち、灰へと変貌する。『ギルガレア』は、生きていた。空の中央に、疲弊しながらも生きている。翼を羽ばたかせ、いまだに残存するツタへと向かった―――。
―――向かったのだが。
その燃える拳が、止まってしまう。
『………殺せないだろうさ。やさしいのならば、なおのこと…………この世界が呼び戻してくれた、私の『娘』を』
「……赤ちゃん、だ」
『……うじゃうじゃ、いる!!』
赤く燃える空が崩されて、薔薇どもの残骸から無数の赤子が生えていた。顔だけのものもあれば、上半身だけのものもある。『巨大な赤ん坊の集合体』とでも呼ぶべき形が、空にはいて、やさしい神さまは炎をまとった拳を、そいつに叩き込めなかった。
『……我らの、勝ちだ―――』
燃え尽きて灰へと変わりながらも、ゼベダイ・ジスの声が勝利を告げやった。




