第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その十三
いつものことだが、『正義』に対する概念は異なる『正義』であった。レイチェルは信じている。自分の『正義』をね。真実の愛しか、本当の価値はないものだと。ゼベダイ・ジスも信じているのだ。失われてしまった幸福を、奪い返すことが出来るのは自分だけだと。
偽りであったとしても。
愛する死者に対して、他にしてやれることがないからこそ、この男は藻掻いていた。救われるべき『孤独』たちの代弁者となることで、妻も娘も、かつて世界に絶望した者たちを救ってみせるのだと……。
『正義』はいつでも退けないものだから、遭遇しまうと、こんなに激しくぶつかり合う。
世界というものは、残酷なものだ。
ぶつかり合ったときの決め手となるのは、力そのものとなる。
魔眼と聴覚が、教えてくれるよ。地下での激闘の様子を。
当たり前だがね。レイチェル・ミルラが、敗北するはずもない。『諸刃の戦輪』が鳴き、ゼベダイ・ジスの身が刻まれていく。
高速で動く『人魚』の舞踏に追いつけるはずもないのだ。狭い地下空間であったとしても。レイチェルは舞踏の天才であると同時に、武術の天才でもある。戦いが長引くほどに、ゼベダイ・ジスの動きは読解され尽くし、かすりもしなくなっていく。
『この動きは……ッ。成長、しているのか!?』
「ええ。私に、インファイトで勝てる者など、いません。このまま、仕留めてあげましょう。貴方の挑戦は、ここで終わるのです」
『終わらせて、なるものかああああああああああああッ!!』
オレとミアを襲っていたツタどもが、動きを変えた。戦術を変えたのだ。オレたちの足止めを止めて、『引っ込んでいく』。壁と床に、ズルズルとそれらが引きこもって行きやがった。
つまり。
「レイチェル!!そっちに、ツタどもが向かったぞ!!」
「狭い場所に、たくさんのツタが入るよ!!気をつけて!!」
「手数で攻めますか。賢い方ですね、貴方は!」
『軍人が達成すべきは、目標である!!そのためには、プライドにもこだわらない!!私は、そういう選択をする男だ!!』
潔くはある。勝てなければ、結局は終わり。勝ち続けるしか、あの男にも道はない。レイチェルとの対決に負けるというのであれば、それにこだわるはずもないのだ。
『世界は……残酷ではある』
『ギルガレア』は、悲しそうにつぶやいた。同情し切っているように見えるのは、おそらくオレの気のせいでもないのだろう。
どんな『正義』を選ぶのも、どんな『正義』に同情するのも自由じゃあるが……。
「オレたちは、チームのはずだぞ!『ギルガレア』!!」
『……ああ。守るとも。あの『人魚』を!!』
無数のツタが降り注ぐ地下空間のなかで、レイチェルは戦い続けている。ギリギリまで勝負を捨てるつもりがないからだ。
終わらせてやることが、正しいと信じてもいるからだし……『ギルガレア』を『仲間』だと信じていた。
『はあああああああ!!』
迷える神さまが雄叫びを上げて、権能の一つを使った。魔力ではない炎が現れる。レイチェルに降り注ごうとしていたツタが、焼き払われていくのが魔眼で見えたよ。
『それが、お前の選択か、『ギルガレア』あああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』
地の底から絶望が響いた。ゼベダイ・ジスの期待は、裏切られる。『ギルガレア』は応じなかった。たとえ大きな同情があったとしても、たとえゼベダイ・ジスたちを悪だと断じることはなかったとしても。
『不滅の薔薇の世界』を完成させることを、この神さまは選ばなかったのだ。
「はあああああああああああ!!」
レイチェルの気合と共に、『諸刃の戦輪』の連続斬撃が放たれる。ゼベダイ・ジスの巨体が深々と斬り裂かれていく様子が見えた。
勝負が決まりそうだ、と確信した次の瞬間。地下が大きく揺れてうごめく。覚えがある揺れだった。それだけに、命じるしかない。
「レイチェル!退け!!」
地下を這い回る、ツタどもの『根本』だ。空を突くように立ち上がっている巨大なツタの柱、それを支える根だろう。そいつらが暴れていた。地下室が、崩落していく。レイチェルは、大丈夫だ。
すでに地下の穴から、こちらに戻ってくれている。銀の長髪を揺らしながら、不満さのない微笑みを向けてくれた。
「リングマスターの命令は、絶対ですからね」
「ああ!」
「お兄ちゃん、この屋敷、ヤバい感じだよ!」
「倒れるな、こりゃ。全員、この屋敷から脱出だ!!」
『……我が、道を開こう』
『ギルガレア』が加速する。あの神速の動きだ。体当たり一つで、屋敷の壁を大きくぶち抜いてしまっていたぜ。
「さすがだね!」
「これで、楽に逃げられます」
『……チームではある』
喜んではいない顔をしていたが、構わんさ。行いで示してくれたものの方が、表情よりも明確なのだから。
未練があるのだろう。
神さまだからこそ、多くを救いたいとも願うのだろうが……。
ここは戦場だった。残酷な選択をしなければならんこともある。
崩壊を始めた屋敷から、オレたちは抜け出す。巻き込まれることはなかったが、揺れはまだ続いていやがる。つまり、あの男はあきらめちゃいないんだよ。当たり前のハナシじゃある。終わるまでは、藻掻く男だ。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
地面が割れる。
巨大なツタの集合体が、屋敷を丸ごと貫きながら姿を現した。赤い花びらの舞い散る空に向けて突き出していきやがる。
歪な薔薇の化身。その中心に、男がいた。血の涙を流しながら、『ギルガレア』をにらみつけているゼベダイ・ジスが。




