第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その十二
『孤独』か。よく知っている。祖国と『家族』と竜を奪われたことがあるオレには、覚えがないと言えば嘘になり過ぎるよ。
『全身を食い千切られるような、この痛み!!存在が立脚する全てを、否定されていくような、この苦しみ!!どこまでも深く、どこまでも果てなく、終わりがあるとすれば、ただの一つ!!負け犬として、死ぬだけのこと!!それを、受け入れて、みじめに死んだままの我が子を、土に還すのだけが、父親としての仕事だとでも言うのか!?』
いかんね。
聞くべきじゃない。セシルが、頭に浮かんでしまう。
―――あにさま、あついよう!!たすけて、たすけて、たすけて―――。
『全てを救えることは、神であるお前にすら出来ないのかもしれない!!しかし、それでも、確実に!!一部は、救えるだろう!!私だけではない!!『私たち』だ!!この土地に、お前のもたらす奇跡の力を信じ、求め、千年、捧げ続けた無数の祈りたちのことだ!!それを、貴様は無視するというのか!?』
ダメだ。
口を開くべきだが、ツタどもの攻めが多くてね。それに、それに……。
……不要な同情をさせられそうになる。
ゼベダイ・ジスの言葉は、間違いなくオレたちにとって有害なはずなのに。それと同時に、間違いなく真実だったからな。
偽りの言葉では、ヤツを見下ろしている『ギルガレア』に届かないだろう。むしろ、逆効果になるかもしれん。
心の、ほんの、一側面に過ぎないのだが。不要な同情をしてしまっている。
『『ギルガレア』よ!!叶えられるのだ!!『不滅の薔薇の世界』を完璧な形として、あらゆる痛苦がもたらす『孤独』を、克服して、神とつなげるという力が!!神のもとに、たとえ、わずかな人々であったとしても、世界の全てではなかったとしても、お前を信じた者たちだけでも、一つに融け合い、『孤独』から解放してくれ!!』
『…………ッ!!』
ああ。困った。『ギルガレア』は、聞こうとしているのかもしれん。あれだけ焦るように突き進んでいた姿は何処かに消え去って、今では、見つめている。獣の貌に、大きな慈悲めいた何かを漂わせていやがるんだ。
……オレは、言うべきだ。
ゼベダイ・ジスに同情しつつも、ヤツを止めたい衝動は……何だったろうか―――。
「―――それは、本物ではないだろう!!本物の世界では、ない!!本物の、お前たちでもないだろうが!!ニセモノを、集めて、異なる世界に引きこもったところで、何になるというのだ!!」
『本物だとも!!この『孤独』が、この痛みと苦しみが、無数に融け合う我々を、真実であると定義している!!我々の痛みは、我々の苦しみは、真実なのだよ!!無数の『寄生虫』に貪られたとしても、消えることのない、真実の『孤独』だ!!これは、この世界に居場所がない我々の『孤独』は、真に完成した『不滅の薔薇の世界』でのみ、受容される!!』
「くそ!!おい!聞くな、『ギルガレア』!!」
『見捨てるのか!!我々の千年を!!お前だけが、救えるのだ!!病に苦しんだ者の無念からも、戦火に呑まれた者の悲痛からも、お前が救うべき怯え切った瞳が、どれだけあるのだ!!救え、救え!救え!!お前だけが、我々に救済を与えられる唯一無二の存在、我々にとっての真なる神とは、お前しかいないのだから!!』
『……我は…………』
闘争心が、消えているのが分かる。殺気だけで猟兵を射竦めてしまう神さまは、もはや何処にもいない。
腹が立つ。
「これ以上、生贄を作る気なのか!!」
『……ッ!?』
「そうだよ!『ギルガレア』のおっちゃん!!あいつは、生贄で願いを叶えるんだよ!!」
「これまでの千年で多くの人々を犠牲にしても、結局のところは『不滅の薔薇の世界』とやらは完成していません。苦しみがないどころか、ここは地獄そのもの!これ以上の犠牲を増やして、より世界を歪めたところで、何が得られるというのです!!死者は、絶対に、戻らない!!私の……『あの人』は、戻りません!!」
レイチェルが舞う。
『ギルガレア』の目の前に広がる穴へと飛び込み、ゼベダイ・ジスを狩りにかかってくれた。
彼女は、真実の愛に生きるから。帝国兵に殺された夫を、いつまでも愛しているから。愛する者の死も、抱きしめてやれる女性だから。
『来るか、猟兵いいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!』
「親となれなかった苦悩、愛する伴侶を救えなかった絶望、貴方の『孤独』は十分に察してあげられます!!痛いほどに!!それでも、ヒトはこの世界で生き抜くべきです!!『孤独』を、埋めてくれるものだってあるでしょう!!」
『我々の『孤独』を埋めるものが、どこにあるというのだ!!』
「エスリン・リヒトホーフェンは、誰かの命を奪ってまで、面影に過ぎない偽りの生を喜ぶはずもありません!!それを、貴方も知っていた!!知っていたから、愛する彼女の面影を創り上げたというのに、かたわらに呼べなかったのでしょう!!」
……ヒトは不自由だ。オレやレイチェルやゼベダイ・ジスが、死んでしまった最愛の者との再会を望みつつも、それを拒む理由は、それぞれある。
ゼベダイ・ジスは、エスリン・リヒトホーフェンとも会えるはずだったのに、今このとき、あいつは『孤独』を自分で選んでいた。
「彼女は、『不滅の薔薇の世界』など、望めないのです!!『孤独』でもない!!彼女の願いが、努力が、彼女の去った世界にも残っている!!それを、誰よりも知っている男が、偽りを選ぶことなど、私は許せませんわ!!」
『彼女が、それを望めないのならば!!夫として、遺された私が果たすだけだ!!彼女が、どれだけ他の絆に慰めを見つけようとも、やさしいから、命を愛している者だから、生贄を望めなかったとしても!!それならば……私こそが、彼女に代わり、この手を血と罪に染めるのだ!!私の娘に、命を与え!!永遠を与え、エスリンを母にしてやれる者は、私しかいない!!』




