第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その六
悲壮なまでの覚悟が必要とされることもあった。一つの軍隊として機能していると、連帯感の囚われにもなる。この状況においても、ゼベダイ・ジスを大尉と呼ぶ男は……とてもマジメな男なんだよ。
「……あなた……」
「……オレが、言わなくちゃならない……この状況を、解決しなくちゃ。この子も、生きられなくなるかもしれない……たくさんの民間人も、守らなくちゃ……兵士なんだ、オレ」
「……ええ」
逃げるために東へと向かう者たちは、立ち止まった若い夫婦とその赤ん坊のとなりをすり抜けるように歩き続ける。責める者はいないのが救いだな。
こんな危機的状況では、誰もが感情的になってしまうものだ。彼らに対して、完全な納得をしているかどうかは分からないが、多少の同意を得られてもいる。
どうあれ、守ってやった方がいいだろう。
「妻子を連れて、こっちに上がって来てくれるか!!情報が欲しくもある!!それに、君らを守りたいのだ!!」
「あ、ああ!!家族を……妻と、子を、絶対に守ってくれ……っ!!オレは、どうなってもいいから……っ」
「いいや、お前も含めて、保護してやる!!お前からも、お前の妻子からも、『家族』は奪わせん!!」
「うん!!」
「ですわね」
ミアとレイチェルが、飛んでいた。城塞を飛び降りると、あの『家族』の周りに向かう。
「守ってあげるね!こっちだよ」
「あそこの階段から登れますので」
「あ、ああ……」
「……お願い、します……っ」
オレから向かうべきだったのかもしれないが、周りを警戒してもいたいからな。高い場所に猟兵がいない状況は作るべきじゃないんだよ。
……どこに、ゼベダイ・ジスの信奉者がいるかは分からないからな。帝国兵のなかにだって、どんな状況であってもオレたちに協力したいとは思わない者もいるだろう。
そういう者は、あの男のことを裏切り者だと判断して、殺そうとしてもおかしくない。業が深いものだな。多くの帝国兵を、オレたちは殺している。ヒトは多くの理由からでも殺人が行える生き物だったが、恨みも『正義』も、その動機として有名なものだよ。
ここから全方位を見張るべきだ。オレとゼファーと……それに、『ギルガレア』も、協力してくれているらしい。オレの動きから、意図を読み取ってくれたのだろう。
「協力的な態度は、嬉しいぜ。『ギルガレア』よ」
『……ふん』
素直な態度をするのが不得手なのか、それともヒトの業の深さや狂暴さに失望でもしているのだろうか。『ギルガレア』という者は、なかなかにマジメな性格をしているらしい。良い『ゼルアガ』野郎なのかもしれんな。
……ミアとレイチェルと、『風の旅団』の戦士たちにも護衛されながら、勇敢な男とその妻子がオレの前へとやって来る。我々という抑止力がさせたのか、それとも、一定の同意を帝国人らは持っていたのか、石も暴言も投げつけられることはこの『家族』になかった。
「よく来てくれたな」
「……帝国兵として、正しい行為だとも考えている……っ」
「お前が望むのならば、『自由同盟』は妻子と共に亡命を受け入れるだろう。オレの名のもとに、それをさせてやるぞ」
「……帝国人で、いたい……でも……情報提供を、誰もが許さないかもしれない」
「後からでもいい。しばらくのあいだは……」
ルチア・クローナーを見る。賢い彼女は、オレの望みを察してくれたよ。
「ええ。『風の旅団』の戦士たちで、手厚く護衛させてもらう。他でもないストラウス卿の願いならね」
「ということだ。『風の旅団』の戦士たちが君たちを守り抜く。君が望む形に、極力なるように対応させてもらおう」
「……あ、ああ。頼むよ。どんなことがあっても、妻と子供を、守りたいんだ」
「守る。だから、安心して情報をくれるか?さっきも言ったが、オレたちに必要なのは、ゼベダイ・ジスの居所なんだよ」
「お、教える。オレは、その……帝国軍が『オルテガ』を最初に制圧したときから、大尉と一緒に行動していたんだ」
「熟練のある兵士ということは、見た目からでも理解が及ぶ」
「大尉は、とても理知的な方だ。大胆さや勇敢さもあるが、可能な限り、兵士の拠り所となるものを戦場に用意してくれる」
「つまり、今この混沌として状況であっても、ヤツにはあるわけだ」
「絶対に、あると思う。ゼベダイ・ジス大尉にとっては、この『オルテガ』はホームだったわけだから……」
「具体的には、何処だと考えているんだ?」
「帝国軍の所有している場所では、ないはずだ」
「すぐさま嗅ぎつけられるからな」
「ああ。大尉は、時間稼ぎをしておられるような気がする……私たちや、市民を、少しでも逃がしてやりたいと願われているのかもしれない」
「同意しかねる印象もあるのだが、ヤツと近しい者がそう感じるのなら、そうなのかもしれんな」
「だと、思う。大尉は、たしかに狂気に侵されたのかもしれない。だが、もともとは尊敬に値する軍人なんです。この子が……オレに娘が産まれたとき、まるで、我がことのように喜んでくれたのを覚えています」
「なるほど。君が、良い兵士でありながら虫けらの被害者にならなかったのには、そういう理由もあるかもしれんな」
生まれる前に、死んだ子供がいる。かつて父親になれたかもしれない男は、自分の夢をこの男に重ね合わせたかもな。




