第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五
「敵からの情報収集か……」
抵抗はある。だが、それは、結局のところ感情論か。
「貴方がやりたくないなら、私が聞いてみる。あいつらは、亜人種に対して抵抗は強いでしょうけれどね」
『……ヒトは、変わらんものだな』
「『ギルガレア』よ。見せてやろう。ヒトは、ちゃんと変われる。神さまの力に依存しなくても、少しずつでも良い方にも変われる」
『……やってみせろ。敵の情報を得るべきだ。この閉ざされた『オルテガ』に、猶予はそれほど残されていない』
「ああ」
ゼファーから降りて、西へと向かう帝国兵どもと……そいつらの『家族』を見下ろした。こちらをにらみつけている者もなかにはいる。明白な痛みと怒りを込めてな。
そういう連中は、戦友をオレに殺されたのかもしれない。戦い続けていれば、恨みも買うことにはなる。当然のことだ。不名誉でもない。逆に名誉なことでもある。敵に恨まれてこその、戦士だ。
逃げんよ。
オレに挑む機会は、いつだって与えてやろう。英雄と呼ばれる、大量殺戮者の生き方をする者にとって、それもまた役目だ。
「帝国兵諸君!!我が名は、ソルジェ・ストラウス!!諸君らの明確な『敵』である!!その真実からオレは言い逃れしない!!だが、それでも聞いて欲しい!!」
耳をふさぐ者もいるだろう。
視線を背ける者もいるだろう。
それでも、全員ではない。ヒトは誰かの言葉を聞いてしまう生き物だ。それゆえに争いが生まれる。それゆえに和解への道も見つけられる。問いかけねばならん。
『提供する/己を差し出す』という行為も、コミュニケーションには必要なのだから。
「オレたちと諸君らには、一致している目的があるな!!この状況からの『仲間』や『家族』を逃すことだ!!もはや、戦争と呼ぶにも値しない状況である!!ここで死ぬことは、この戦いに参加することは、軍事的な名誉につながる選択ではない!!」
馬鹿なんでね。
本当に、心から信じていることしか演説では叫べないと来ている。不器用なものだろう。政治力を、もっと磨きたいところではあるのだが……まあ、それは追い追いだ。
……あまり。
口にしたくない言葉を、これから選ぶぜ。
引きつった顔面を、筋力で御しながら。牙をギラギラとかがやかせる面になっていると思うが、しょうがない。
「力を貸してくれ!!」
……セシル。兄さまは、成長しているだろう?『死神』だったころに比べて、純粋じゃなくなったと思うが、独りよがりの必死さは卒業したぞ。
皆を生かすために、より多くを助けるために、がんばれちまうんだ。
「この破滅的な状況を創り出しているのは、ゼベダイ・ジスだ!!ヤツは自ら邪悪な虫けらに、身も心も奪われて、まともな思考など、とっくの昔にやれていない!!亡くした妻と、生まれてこれなかった子のために、そして、エールマン・リヒトホーフェンの願いのためにこの状況を起こしている!!」
反論するヤツは、いなかった。帝国兵どもは、オレに視線を向けている者もいれば、視線を背けている者も当然いるのだが、オレの言葉を否定する者はいない。
「よく訓練された諸君ならば、この一連の命令が、正常なものでなかったことには気づけるだろう!!しばらくのあいだ、諸君らの指揮官どもは狂っていたのだ!!気づいていたはずだが、諸君らには止められなかったという罪もある!!」
上官の命令は、どこの軍隊でも騎士団でも絶対なものだがね。それでも、真の戦士や軍人は、組織の間違いを正す義務も帯びているものだ。
「諸君らには、この状況でやれることがある!!となりにいる戦友を見ろ!!『家族』を見ろ!!守るべき義務を負っている非武装の市民や、その子供たちも見ろ!!本物の戦士や、本物の兵士は、人殺しをするだけでは職責を全うできない!!多くの者を、助けなくてはならないのだ!!」
たくさんいるぞ。我々が、命懸けでも助けなくてはならない者たちが。
「空には狂った薔薇の花畑が広がり、赤くかがやく呪いの花びらが降っている!!こんなおぞましく歪んだ危険な空間から、我々の視界にいる鋼を持たない者たちを守らねばならん!!諸君らの、情報提供に期待しよう!!ゼベダイ・ジスの隠れ場所について、わずかでも心当たりがあるのであれば、声を上げて欲しい!!」
信じていることがある。
ヒトは、正しいことをしたいと願う生き物だと。
たとえ悪意が支配する戦場という血なまぐさい場所においても、その本能は変わらない。正しいことをすることで、『仲間』や『家族』や、守るべき民が救われるのならば、選ぶ勇気も湧いて来るはずだ。
……沈黙しながらも、西への逃亡が続く。考えているヤツもいるだろうし、悩んでいるヤツもいるだろう。かたくなに、『敵』を憎み続けることが正義だと疑っていない者もいるだろうよ。昔のオレみたいにな。
正義はヒトの数ほどある。正義が、他の正義を否定することなど日常茶飯事だ。それでも、問いかけるべきだぜ。
「我々、戦場に生きる者が、真に忠を捧げるべきことは何なのか!!諸君ら自身の胸に問えばいい!!オレは、『家族』を殺したファリスの兵士にも、聞ける!!より多くの者を、助けてやりたいからだ!!」
噤まれた口と、歩き続ける音があった。言葉は戻ってこないかもしれない。情報を持っていないかもしれないし、オレと和解する気が起きないヤツもいて当然だ。
それでも、兄さまは。
背筋を伸ばして、待ってみるぜ。堂々と、提供するんだ。オレ自身をな。いくつかの痛みに耐えながらも、君らが応えやすいように待ってみるとしよう―――。
「―――ソルジェ・ストラウス!!」
赤子を抱えた若い女のすぐとなりで、帝国兵が叫んでいた。
「じょ、情報を、提供したい!!ゼベダイ・ジス大尉の部隊に、お、オレは参加していたんだ!!大尉が、隠れる場所に、心当たりがある!!」




