第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三
『不滅の薔薇の世界』へと戻る。その狭苦しい空には、薔薇の数が増えてしまっていたし……おそらく『外』に向かって伸びているのだろうな。刺々しいツタが空間を貫いている。
貫かれた星の無い夜空は、『ギルガレア』がしてみせたように赤い傷口となって裂けてしまっていた。
「世界を、侵略しているように見える」
『我々をお前たちが呼ぶ名前の一つの通りだな。『侵略神/ゼルアガ』……こうなりたくはない。我が、そう願ったところで、お前たちの世界の者が願ってしまうこともある』
「エスリン・リヒトホーフェンたちの本心からの行動ではありませんわ。『寄生虫』に蝕まれた結果ゆえのこと」
『我の片割れがしでかしたと?』
「共同作業ということです。どちらかが欠けても、この状況は起きることはなかった。事実を把握することで、対策を間違えずに済みますので」
「レイチェルは正しい。生産的に動こうぜ。『ギルガレア』よ、お前の片割れの残りを、感じ取れんのか?」
「場所が分かれば、かんたんに狩れるよね!おっちゃん、どうなの?」
『ギルガレア』は襤褸切れのフードのなかにあるしかめ面を、地上へと向けた。オレたちも、それに習う。
閉鎖された迷宮都市オルテガの上空に、無数の薔薇が咲いていた。巨大で不気味で、禍々しく、無数の花びらを街並みへと降り積もらせ始めている。
「……地上にいやがるのか?」
『そのようだな。しかし、正確には分からん。あの舞い散る花びらどもに、我の感覚が疎外されているようだ……ッ』
「敵もやりますわね。迷宮都市の複雑さもあります。ここは、地上とも連携してみては?」
「避難を優先しつつも、情報収集というわけだな。『ギルガレア』、ついて来い」
『……我を、他の者と会わせるつもりか?』
「何千才かは知らないが、オトナは仕事のときには人見知りなんてしている場合じゃないものだぞ。ヒトに会って、困ることもないだろう。『ルファード』軍の戦士は、お前を悪用したりはしない」
「それに。おっちゃんが単独行動していたら、敵に狩られちゃうかもしれないからね!『パンジャール猟兵団』が守ってあげる!」
『要らぬ世話だが……』
「生産的な選択だろう。ゼベダイ・ジスが見つけられない状況なら、情報共有した方が早いに決まっている。ついて来い、『ギルガレア』!」
『ついてこい!』
降下を始める。巨大な火烏に乗った『ギルガレア』も、ついて来る。
「もっと、となりを飛べ。仲良しに見えるようにな!」
『何故だ?』
「『ルファード』軍の勇敢な戦士たちが、お前に向けて矢を放つかもしれんからだ」
『守ると言ったすぐあとでこれか!』
「そうならないためにも、ちゃんと並んで飛ぶのです。態度は、戦場では明確に」
『……ふん』
火烏が並ぶように飛んでくれる。これで、誤解はないだろうよ。『ルファード』で『火烏の軍勢』を多くの戦士たちが目撃してもいる。『ギルガレア』が『仲間』として行動してくれるのは、士気を高めるかもしれん。
薔薇とツタの生い茂った高さを下り、街の南西へと向かう。
移動する戦士たちと、民の姿が見えた。一部の帝国兵の姿も見えたよ。武装解除して、ロープや鎖で拘束済みの連中だ。もはや、虫けらの支配下にない『正気の帝国兵』どもには、戦闘継続の意志はないだろう。
薔薇とツタが這い回るような空を創り出した上官のもとで、どんなモチベーションが維持されるものか……正しい判断を、帝国兵どもも下している。
退避中の人々を誘導しているのは、『風の旅団』のエルフたちだった。身軽さを活かして、迷路のように入り組んだ城塞の上を駆け回りながら、腕の動きと大声で、人々を導いてくれていたよ。
その避難誘導の中心にいるのは、ルチア・クローナーだ。リーダーとして、『風の旅団』の陣頭指揮を行ってくれている。
この戦いの日々で、彼女は大きく成長しているのが分かるよ。元々あったリーダーとしての才覚を磨いている。視野の広さで、上空にいるオレたちのこともいち早く見つけてくれた。
「ストラウス卿の竜が、ゼファーが降りて来る!戦士も、帝国兵どもも、絶対に矢を撃ったりするな!……あ、あと!『ギルガレア』さまっぽい方も、来てるけど!や、矢を撃つんじゃないわよ!!」
動揺はしているようだ。南のエルフたちにとって、『ギルガレア』は間違いなく神さまの一人なのだからな。ひざまずくエルフの戦士までいたのは、さすがと言うべだろうか。
……村を飛び出して外界へと向かう反抗的な若者たちにも、罪科の獣ギルガレアの神威は伝わっている。
『ちゃーくち!』
入り組んだ城塞の一部に、ゼファーが降り立った。ルチアが全力疾走のような勢いで城塞を伝って跳び、着地したばかりのゼファーに飛び乗ってくる。聞きたいことがありそうな態度であったよ。
「ね、ねえ?ストラウス卿が色々と普通じゃないって知っているつもりだけど……あ、あそこに見えるのって、ぎ、ぎ、ぎ……っ」
「『ギルガレア』だな。本物の……つまり、君らの、南のエルフの神さまの一人だ」
「だ、だと思った。そ、それで。私は、どういう対応を、すべきかしら……っ」
「私たちの仲間の一員ですから、そのように」
「レイチェル・ミルラ……貴方は、そう言うかもしれないけれど、私たちにとって、彼は神聖な存在だし……不敬を働くのは、怖い存在なのよ」
「ウフフ。罰を与える、罪科の獣ですものね。『ギルガレア』!貴方の信者というか、南のエルフのリーダーが迷っていますわ!どういう扱いを、貴方にすべきかと!」
『……気にするな』
「……ムリでしょう……っ」
ルチア・クローナーの小声は、オレの笑いのツボをくすぐってくれたよ。
「気にするなだってさ!『ギルガレア』のおっちゃん、あんまり馴れ馴れしいのもいやみたいだから、普通に仲間の一人として扱ってあげればいいじゃないかな!」
「う、うーん……」
『……状況を解決することに、全力を尽くせ。呪われて奪われた我の半身を、打倒するために力を貸せ』
「りょ、了解です!『ギルガレア』さま!」




