第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二
空間を裂く。その感覚は、どんなものだろうか。是非とも体験してみたくもなるが、ヒトの身ではやれんのだろうな。竜でさえ、やれんかもしれん。ゼファーが、うらやむように夜空に広がった『裂け目』を見つめていた。
くやしいよな。
『ドージェ』もだ。
しかし、鉄靴の内側を使う。ウロコをピクリと波打たせて、ゼファーは作戦のために素直さを選んでくれた。
『いこう!』
漆黒の翼が夜を打ちつけて、加速しながら『裂け目』へと飛び込む。
そこは、先ほどと同じ未知なる空間であったが、大きく異なることがあった。
「揺れてないね」
「ああ。安定している」
迷路のように空間の細道がうねっているようなことはない。これならば、ジャンのように目を回すこともないだろう。
赤いかがやきに縁どられた、空間のトンネル……『オルテガ』が吸い取っている風は真っ直ぐに進み、ゼファーの羽ばたきが起こした風も、普段の空のように遠くまで走る。
普通とやらから大きく逸脱した不思議な空間を飛んでいるのだが、それでも、普段の空のように安定しているんだよ。
「大した力だな、『ギルガレア』よ!」
『偉そうだな』
「ハハハハ!……神さまよりは、偉くはないかもしれんがね。それでも、実のところ、かなりの大物じゃあるんだよ」
『『どーじぇ』は、すごいんだよ!』
『竜を従えるからか?』
「俗世にはファリス帝国という強国があるのですよ。それらとリングマスターは戦い、多くの勝利を獲ているのです。人間族と亜人種の同盟を率いる、リーダーの一人として」
『人間族と亜人種が、共に在るということは、稀有なはずだ』
「千年前の価値観と、今の価値観は違う」
『そうだろうかな。だが……竜とも心を通わすのなら、ヒト同士と共存することの方が容易いのだろうか……』
「考えることは、善き事ですよ。『ギルガレア』、貴方は、私たちと共闘するのです。互いをもっと知り合う方が、強くなります」
『慣れ合うことは、好まん』
「そういう性格をしていますのね。それを、伝えてくれたことも、交流となります。ありがとう、『ギルガレア』」
『『人魚』は、いつの時代も不思議だ』
「おっちゃん、『人魚』の知り合いがいるんだ?」
『いた、だ。大昔に……エルフたちと共に、『蟲の教団』と戦ってもいたぞ』
「『蟲の教団』は、私の古き同胞たちを苦しめたようですからね」
『多くの種族を、連中は殺めていた。『変異』の研究を成すために、あの邪教どもは様々な種族との『差異』を知ろうと躍起になったのだ』
「ヒトとヒトの、違いを研究すると、『寄生虫』の研究になったの?」
『そうだ。世界を『変異』させる力と、ヒトを『変異』させる力には、共通するところがある……』
「よく話してくれるじゃないか」
『お前たちは、大して知識を求めていないように感じるからな』
「ハハハハ!」
「あははは!」
ストラウス兄妹は大笑いする。不思議な空間のトンネルのなかに、笑い声がどこまでも響いたよ。図星だからな。研究者たちとは違って、オレたちに『ギルガレア』が大きな知識のヒントを与えてくれたとしても、無価値に終わる。
理解することも、それを応用して何かを成し遂げることもやれんだろうからな。そもそも、悪用する気も毛頭ない。
『笑うべきことか?』
「オレたちは、この世界を変えたいとは願っているが、そいつは実力でのことだ。人間族と亜人種が、共に生きてもいい『未来』が欲しい。それを創るために、『ゼルアガ』の権能を借りるつもりはないのだ」
「うん!勝ち取るだけだもんね!」
『……それもまた、修羅の道だな』
「ああ。戦って、殺して、奪い取るんだ。罪深いかもしれんが、オレたちの使命だ」
『多くの血が流れる。多くの願いが消える。それもまた、歪んだ教えを生むものだ』
「歪まないように、気をつけるとしよう」
『そうしておけ。お前が大物だというのならば、なおさらだ。多くの者を迷わせることは避けるといい』
「良い支配者を目指す。何か、アドバイスをくれるか?」
『力に溺れるなかれ』
「いい言葉だ」
『ふん』
「ねえねえ。おっちゃん」
『……なんだ?』
「こっちの入り口は動いているけれど……出るときはどこになるの?」
『……『オルテガ』があるべき場所に、出られるだろう』
「あら。そうなのですわね。つながっている入口と出口が、それぞれ別の場所だなんて、不思議です。てっきり、どちらも動いているのかと」
『我は、修正したいのだ。正しい形に、世界を修繕したい』
「そっか!おっちゃんが、そうなるようにしてくれているんだね!いいヒトだ!」
『……我は、邪悪でありたいと願ったことはない。罪に応じて、罰を与える。その仕組みを担っている。最小限の罰をもって、善き世の中を保ちたいと願った者に応えて、この姿とこの力を得たのだ……はるか、大昔に。故郷と呼べる世界から、この世界に渡ったときに』
「やっぱり、違う世界から来るんだね。『ゼルアガ』って。どんなところだろう。行ってみたいかも!」
『……我が故郷の一部には、入った。『ここ』は、我が故郷の一側面でもある』
トンネルを抜けた。
知覚が広がるのが分かったからな。外にあるオレたちの世界よりは、せまさがある。『不滅の薔薇の世界』は、『ギルガレア』の故郷に新しく作られた場所らしい。
「故郷に戻るのは、嬉しかろう」
『……代わり果てている思い出を見るのは、辛くもあるのだ』
「ああ。それは、痛いほど同意が出来るぜ。異分子を排除して、取り戻したくなるよな」




